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カテゴリ「メッシー・ストーリー」の69件の記事 Feed

2013年1月15日 (火)

非日常世界へのいざない(3)・終


 (1)はこちら    (2)はこちら  


 「アクション!」

 雨が強くグラウンドを打ちつけている。そんな中、傘をさしながらリクルートスーツ姿の絵里子は、今にも泣きだしそうな悲しい表情で男と話している。
 グラウンドには水たまりができはじめ、雨足がさらに強くなった。タイトスカートやジャケットには水しぶきがかかっている。

 男は足早にその場を立ち去る。絵里子は傘を投げ捨てすぐさまその後を追いかけようとした。
 リクルートスーツには容赦なく人工雨が降り注いでいるが、NGが許されないこのシーンに集中している絵里子は、何も気にするそぶりはなく演技を続けている。リクルートスーツ姿で潜水をしたかのように頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れだ。

 すべてのセリフが終わり、あとは泥の水たまりに足を滑らせて転んでしまうシーンの撮影だけとなった。
 絵里子は男の後を追いかけ走り出した。

 パンプスが脱げ、足がもつれるようにしながらうまい具合に泥水の中に転んだ。スカートもジャケットも底がぬかるんだ泥水に浸かっている。絵里子の視線は男の後ろ姿のほうにあるが、立ち上がって追いかける気力はない。
 脱力感に包まれ、泥水の中にお尻をつけてしゃがみこみながら男を見送ることしかできない。

 やがて絵里子はゆっくりと立ち上がる。
 リクルートスーツはタイトスカートもジャケットも真っ茶色に染まっていた。そして、ジャケットから除く純白のプラウスの襟には泥ハネがとんでいるところもあった。クリーニング仕立てで、先ほどまで一糸乱れず綺麗だったリクルートスーツ一式が台無しだ。

 雨はより一層強くなり、泥で汚れたリクルートスーツを洗い流していく。リクルートスーツ姿でずぶ濡れとなっている絵里子を数台のカメラが違ったアングルから捉えている。
 カメラは遠くに目を向けている絵里子の姿をゆっくりとクローズアップしていく。頭から勢いよく滴り落ちる雨水にゆがんだ顔をしっかりと収める。

 「はい、OK!」

 監督のヒロシの声が弾んでいた。
 絵里子の出番の撮影シーンはこれで終わりだ。
 帰宅のことを考えると、撮影用の衣装を忘れたために、リクルートスーツ姿で撮影に臨まなくてはならなかった事の代償はあまりにも大きかったが、絵里子の中では無事に撮影が終わった安堵感の方がこの瞬間はまさっていた。

 「お疲れさま。バッチリ。」
 ヒロシは、重要かつNGが許されないシーンの撮影が予想以上の出来栄えだったことに満足しているものの、リクルートスーツ姿でずぶ濡れの絵里子を目の前にすると複雑な気分だった。
 大きなタオルを差し出した。今、絵里子に対してできる精一杯のことだった。

 「よかった~。本当に大丈夫だよね?」
 うなずくヒロシを一瞥し、タオルを受け取ると絵里子は顔と髪を丹念に拭いた。次に足の汚れをざっと拭き取ると、ずぶ濡れとなって薄茶色に濁った水が滴り落ちているスカートやジャケットにタオルを押し付け水分を吸収させていった。
 いく ら吸収してもすぐに乾くわけではないが、日差しが強く暑い陽気なので、ある程度時間をおけば自然乾燥しそうだった。

 ・・・・・・雨に濡れてリクルートスーツが徐々に重たくなっていく感触と・・・、底がぬかるんだ泥水の中にうつ伏せたりしゃがみこんだ時の体の感触とリクルートスーツを汚してしまったことの罪悪感が・・・突然フラッシュバックし、不思議な感覚と快感にいざなわれた。
 何かが深層心理に働きかけ、潜在意識を顕在化しはじめた。何の束縛もない幼少期に、近所の友達と水遊びしたり泥んこ遊びした、あの悠久とも思えた楽しい感覚が深い眠りから目覚めた瞬間だった。

 気が付くと、撮影現場へ向かう時に通った河川敷の堤防を駅に向かって歩いていた。すでにリクルートスーツは乾きはじめていたが、泥汚れがしっかりと落ちていなかった部分が所々にあり、土埃が白っぽく浮き出てしまっていた。
 「(こんな汚れた状態じゃ電車に乗れないわ。)」
 堤防の上から川の方を眺めると水面がきらめいていて眩しかった。

  ・・・・・・川辺では突然、数人の小学生らしい男の子と女の子たちが水を掛け合って遊んでいる光景が出現した。むろんそれは、絵里子の昔の懐かしい記憶であった。

 徐々に心と体は、本能の赴くままに解放されていった。
 それは、自分を縛りつけていた心の鎖がほどけた瞬間でもあった。トランス状態に陥っている絵里子は、浅瀬から流れが緩やかな深みの方へとさらに足を踏み入れていった・・・。
(完)

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2012年7月14日 (土)

非日常世界へのいざない(2)


 (1)はこちら


 土曜日の朝、絵里子は目覚めると部屋のカーテンをあけ、部屋を明るくした。気持ちのよい朝だった。
 今日は大学の講義はないが、午前中に某金融機関の最終面接が控えていた。絵里子にとっては本命の会社ということもあり、ここ数日はそのことで頭がいっぱいだった。

 絵里子は何気なく壁に掛かったクロックを見ると、一瞬目を疑った。面接は午前10時からだったが、既に8時をまわっていた。目覚まし時計をかけ忘れたせいで、1時間ほど寝坊してしまった。
 絵里子の自宅から面接会場までは急げば1時間くらいで行けるが、1時間半ほどの余裕をみておいた方が良い。これからリクルートスーツに着替えて身だしなみを整える時間を考えると朝食を食べてる暇などない。

 当然とはいえ、昨夜のうちに面接の準備は出来ているし、午後からの映画サークルの撮影のためにセリフも再度確認し準備万端であったので、リクルートスーツに着替えたら体身一つで面接会場に向かうだけでよいのが救いだ。
 パンストを穿き、昨日、クリーニングから戻ってきた白のレギュラーシャツや黒のリクルートスーツを手際よく着ていく。タイトスカートもシングルの2ボタンジャケットも皺がなく綺麗な状態であった。髪を整えるのにちょっと手こずったが8時半ちょっと過ぎに家を出ることができた。色々な資料が入ったリクルートバック、午後からの撮影で使う衣装やタオルや台本の入ったボストンバッグを持つと、最寄駅までパンプスをコツコツと鳴り響かせながらアスファルトの小道を駆けた。

 首尾よく最寄駅からはすぐに急行電車に乗ることができた。ラッシュの時間帯から外れていることもあり車内は比較的すいていて、所々に空席もあった。
 家から駅まで走ったことで体は火照りすこし汗ばんでいた。バックを左右の手にそれぞれ持っているうえ、ちょっと足が疲れたので、座りたいと思った。しかし、スーツに皺ができることを嫌って立っていることにした。
 最終面接を前に徐々に緊張してきたが、絵里子は持ち前のプラス思考と最終面接までこれたという自信に満ち溢れ、緊張感を振り払うことができた。

 ~面接後~

 最終面接を無事にこなし、面接に同席していた役員の反応も良く、既に最終面接を前にして内定は決まっていたのではないかと思うほど和やかな雰囲気で、会話も弾んだ。そのため、絵里子は内定を確信した。

  面接をした会社から最寄駅までは歩いて5分くらいだった。絵里子は駅へ向かって歩きながらスマホでメールの確認をしていた。
 「==予定よりちょっと早くこれる?ハプニング発生。」
 自主映画制作の監督で恋人でもあるヒロシからのメールだった。絵里子は就職活動とサークル活動(自主映画制作)、さらには、大学の授業やアルバイトと普通の大学4年生並みに忙しい日々を送っていた。
 「==うん、わかった。今、面接終わったところ。1時頃には着けるかな。そのくらいで大丈夫?」

 メールの返事を送信すると足を早めた。駅の近くにファーストフード店が見えた。朝食を食べなかったせいもあり、かなりお腹が空いていた。
 これから撮影であることを考えると、何か軽く食べておいたほうが良いだろうと絵里子は思った。

 「==それでお願い!」
 すぐにヒロシから短文メールが戻ってきた。
 ハプニングってなんだろう?・・・絵里子はフライドポテトをつまみながら考えていた。昼食をあっという間に済ませると、ゆっくりくつろぐ暇もなく撮影現場へと向かった。最寄駅までは電車を1回乗り換えて30分ほどかかる。駅からは現場の公園までは歩いて5、6分といったところだ。

 撮影現場へ向かうには途中、河川敷の堤防を歩くのだが、川の水面がキラキラと反射しているのが綺麗だった。こんな暑い日には水浴びでもしたら、気持ちいいだろうなと思った。
 しばらく歩いていくと、ヒロシや他のスタッフ達の姿が見えてきた。雨降らしのリハーサルをしたのか、撮影で使用するはずのグラウンドの脇は少しぬかるんでいるらしかった。
 「あっ、絵里子。悪い。」
 ヒロシの視線の先にリクルートスーツ姿の絵里子を確認した他のスタッフたちは、同学年、下級生まちまちであったが、それぞれの立場に応じた挨拶をした。
 早速、ヒロシからハプニングの内容が伝えられた。
 「今日さ、例のシーンなんだけど・・・」
 「何?」
 「雨降らしの装置、相手の都合で予定より早く返さないといけなくなっちゃって、少し撮影を早めようと思ってさ。悪いけど、すぐ例のシーンはじめたいんだ。」
 「だったら、電話でそう言ってくれればよかったのに。ランチ済ませてきたから、その分、来るのがちょっと遅くなってしまったわ。」
 「まあ、そこまでしなくてもいいけど。それに今日、本命の最終面接とか言ってたし、状況わからなかったから。それより、早く着替えてきたら?」
 「うん。」

 絵里子は朝自宅を出るときに持っていた着替えの入ったバックを置き忘れてきたことに、今この瞬間になって気がついた。頭が真っ白になった。
 リクルートバックと一緒に面接会場に持っていくには荷物になるので、朝、面接を受ける前に、会社の最寄駅のコインロッカーに預けておいたのだった。

 「・・・・・」
 困った表情になった絵里子をみてヒロシが声をかけた。
 「どうかした?」
 「撮影で着る衣装、忘れてきちゃった。」
 「忘れてきたって・・・。」
 「違うの。朝、ちゃんと忘れず持って出たんだけど、面接行く時、駅のコインロッカーに入れて、そのこと忘れてここにきちゃったの。今から急いで取ってくる。往復1時間ちょっとかかるけど。」
 「無理だって。3時までしか雨降らし機借りられないんだから。レンタル料金なんとか払って、スタッフだって無理言って何とか今日揃えたんだから、延期するなんてできないし・・・」

  監督のヒロシの立場としては、絵里子には申し訳ないが、リクルートスーツで撮影に臨んでくれる事を願うしかなかった。しかし、クリーニング仕立てだということがはっきりと分かる黒のリクルートスーツを目の前で見ていると、自分からそのことを言い出すのは、さすがに気が引けた。

 絵里子がヒロシの顔をチラリと見て様子を伺うと、困った表情で何かいいたげだった。自分だって困っているがヒロシも困っている。どうしたら良いのか、困り果てながら絵里子は視線を下に落とし、その視線を自分が着ているジャケットからタイトスカート、そして足元へとさらに落としていった。
 「(クリーニング仕立てなのに・・・)」
 絵里子はフゥーとため息をついた。
 「何?」
 「スーツのままでいいから、撮影はじめようよ。」

 ヒロシは、申し訳なさそうに絵里子の顔とリクルートスーツを見つめた。
 「何じろじろ見てるの!」
 ヒロシは安堵と絵里子に対する罪悪感が入り混じった複雑な表情で、スタッフたちに指示を出した。
 「みんな始めるぞ!準備!」

 ヒロシは絵里子の方を振り返った。
 「絵里子、本当にごめん・・・。」
 「いいよ、このリクルートスーツ、もう着なくて済むと思うし。」
 「どういうこと?」
 「多分、今日のところ内定取れると思うから。」
 「すごい自信。」
 「自信っていうか、今日の面接、就職の意志の確認とか、そういう話ばかりだったから。」 
 「なるほどね。それはともかく、絵里子の・・・そのリクルートスーツ・・・。」
 「・・・予算は出せないよ、でしょ?(笑)」
 「あっ、まあ・・・。(笑)」
 「衣装置き忘れてきた自分が悪いんだし。リクルートスーツ姿だけど、雨に中でもちゃんと演技するからね。どうせなら、この前よりの派手にやっちゃおうかな。」
 「でも、NGださないでね!(笑)」

 二人の会話を遮るように助監督が報告に来た。
 「監督、OKです。」
 雨降らし機のスタンバイもできたらしい。
 他のスタッフ達や、絵里子の恋人役の後輩は、絵里子がリクルートスーツ姿であることに驚いているようだ。
 絵里子はリクルートスーツで撮影に臨むことになって、帰宅時のことが気になったがいまは撮影に集中しようと気持ちを入れ替えた。他の現場のスタッフたちは、ほどよい緊張感に包まれながら、今まさに始まろうとしていることに意識を集中していた。

 恋人役が傘を広げた。
 「よろしくお願いします。」
 絵里子も現場に置いてあった傘を広げた。
 「こちらこそ。」
 グラウンドの真ん中あたりむけて人工雨が降り注ぎ始めた。徐々に雨足が強くなってくると、合羽を着たカメラマンや音声、数名のスタッフが雨の中へと入っていった。
 地面が水を蓄えはじめ、やがて所々に水たまりができた。

 監督に促され、恋人役の二人も傘をさしながらザーザーと降り注ぐ雨の真下へと歩いて行く。二人の傘を雨が強く打ちつけている。絵里子のパンプスは泥跳ねで汚れはじめ、スカートやジャケットには水しぶきがとんでいた。

 お互い顔を向かい合わせ、絵里子は恋人役の男の顔を見上げてながら
監督の合図を待っていた。 ~(3)へ続く~

2012年5月12日 (土)

非日常的世界へのいざない(1)


 都内の某公園のグラウンドに、絵里子は、アイボリーのロングスカートにフリル付き白ブラウスといった春らしい装いでいる。
 流行の服や派手な服には興味はなく、コンサバ系ファッションが好みであるが、そのことが清楚でお嬢様風の雰囲気を漂わせている着こなしになっている。

 雨が降りしきる中、絵里子は傘をさしながら恋人らしき男と立ち話をしている。
 絵里子は何やら悲しげで、今にも泣き出しそうな表情で男の顔を見上げている。徐々に雨足は強くなり、グラウンドには水がたまり始め、傘に打ち付ける雨音が大きくなった。スカートの裾は雨で濡れ始めていたが、絵里子はまったく気にする素振りなどない。
 男は足早にその場を立ち去り、絵里子は傘を投げ捨て、すぐさまその後を追いかける。濡れたスカートが脚にまとわりつき、さらには、サンダルを履いているせいもあり走りずらそうだ。

 5、6歩ほど走って追いかけたが、サンダルが脱げ足がもつれて泥水のたまったグラウンドにうつぶせの状態になって転んでしまう。男は絵里子が転んだことに気がつくこともなく走り去っていく。
 上体を起こすが立ち上がって再び追いかける気力は一瞬のうちになくなってしまった。ぬかるみの上に座ったまま男の後ろ姿をただ呆然と見ている。

 今の絵里子の気持ちを代弁するかのように、天の涙が一段と強くなり容赦なく絵里子を頭から打ち付けている。ゆっくり立ち上がり傘を拾うこともせずに歩き出しはじめた。
 うつぶせになっていたために、スカートもブラウスも前面は泥で真っ茶色に染まっていた。汚れていない部分は全て雨でずぶ濡れの状態であった。先ほどまであんなに綺麗だったおろしたての服がこれで台無しだ。

 ここまでは、「予定通り」だったが想定外のことが起こってしまった。雨が突然止んでしまったのだ・・・。
 今までの静寂が一瞬のうちに喧騒へと変わった。

 「はい、カット!」

 そう、絵里子は大学の映画製作部に属している。大学生活最後の1年を映画製作にかけている。今回の作品では主役の座を射止め意気込んでいた。

 「おいっ、雨降らし、何やってんだよ。しばらく降らたままでおけと言っただろ!」
 と監督が雨降らし役の後輩に怒号をあげた。
 「はい、ごめんなさい。勢い良く降らせたらタンクの水が切れてしまいまして・・・」
 「言い訳なんかいいよ。撮り直しじゃないか!」

 自前の服がびしょ濡れ&泥だらけになった絵里子は残念そうに肩を落として監督のいる方に歩いていく。
 「このシーン・・・、1回で終わらせたかったのに。雨降らしは調節が難しいから未経験の新入生には無理だって言ったのに。」
 「ごめん。次回はまた戻すから。また週末にでも・・・。大変なシーンなのにほんと悪いね。」
 「えーと、今度の土日の午後からなら大丈夫だけど」
 「そう、じゃあ土曜の2時でどうかな?日曜は一応予備日で。」
 「うん、わかった。」
 「部の予算がないから服は自前にしちゃって悪いね。それにしても、白っぽい服を選ぶなんて絵里子らしいよね。役柄のイメージにもぴったりだし。(笑)でも、この服、洗濯してももう着れないよね?」
 「大事なシーンだし、インパクトあった方がいいと思って。」
 「まあ、それはそうだけど、次回はもっと地味なのでいいよ。汚れてもいい服ってまだあるの?」
 「この服、実は通販で安く買ったの。自分の服は、もう着なくなったからといっても汚したくないから。次回も適当に用意してくるから大丈夫。」
 「予算は出ないよ。」
 「うん、わかってる。気にしないで。」
 (絵里子はふと時計を見るなり慌てて帰り支度を始める)
 「あっ、もうこんな時間。この後予定あるから、今日はこれで。」
 「うん、じゃあ、また。」
 「(お疲れ様です!)」
 後輩らスタッフ達が絵里子に挨拶をする。

 絵里子は公園の水道の水で汚れを落としている。泥汚れの部分は薄くシミとなってやはり落ちない。しかし、もう着ない服だから気にはならないでいた。
 ここから自宅までは、バス・電車・徒歩と合計2時間程度かかる。もともと手はずを整えていたことではなるが、撮影後の濡れた格好のままではさすがに人目が気になって帰りずらいので、公園内のトイレで用意してきた服に着替えてから帰宅した。

 絵里子は、帰りのバスの中で、先ほどのシーンのことを思い出していた。
 あれほどまでに雨に濡れてびしょ濡れになったり、泥だらけになった経験は初めてであった。
 役柄のために使い捨てと割り切って安く購入した服とはいえ、新品の服をあんなにしてしまった事に罪悪感を抱いていた。
 しかし、その罪悪感を打ち消すかのように、絵里子はある記憶を鮮明に思い出した。それは、雨に打たれときに冷たくなった布地で体を拘束された感覚と、グラウンドのぬかるみにうつぶせになった時の泥の感触が昇華されたものであった・・・。
 絵里子は今、突如、得体の知れない非日常的世界への扉を開こうとしていた。 
~(2)へ続く~

2011年7月11日 (月)

雨の中のグラウンドで…(2)


                               雨の中のグラウンドで・・・(1)を読む
 
 今日の面接のためにクリーニングしたばかりだからか、リクルートスーツは雨をはじいて水滴となって生地についている。
 しかし、長時間雨の中で濡れたままだと、さすがに撥水効果がなくなりびしょ濡れとなってしまう。リクルートスーツを濡らすわけにはいかないと思い、絵里子は部室に戻ろうと腰を上げようとした。
 いまさっきまで筋トレをし始めたばかりの部員たちは、足早に部室や雨宿りができる大木の下へと小走りで移動していた。

  絵里子は、ふとグラウンドを見ると驚きの光景を目にする。
 「(えっ・・・。うそでしょ!)」
 ライバルである1年生の幸恵だけが、この雨の中、上下白の練習用ユニフォームを泥だらけにしながらグラウンドで、筋トレを続けていた。泥でユニフォームを汚すことが、頑張っていることの証であるかのごとく淡々と打ち込んでいた。

DM6br (1)  絵里子は、その光景を何とも言えない思いでベンチに座りながら眺めていた。
 雨が次第に強くなり始め、スーツの生地に雨がしみこんで濡れていくのを感じ、部室に早く移動しなくてはと思った。
 しかし、幸恵の行動が、自分に対する挑戦状、もしくは、自分のレギュラーポジションを奪いとろうとする強い意志にも感じ取れ、なぜか、その場を離れられずにいた。容赦なく雨はリクルートスーツを濡らし続ける。

 「おーい! 絵里子。幸恵。なにやってるんだ。雨が強くなってきたから一旦あがれ!」
DM6br (2)  その顧問の先生の声を振り切るかのように、絵里子は、立ち上がると部室とは反対方向に歩き出した。そして、幸恵から一定の距離を置いたところに立つと、ずぶ濡れのリクルートスーツ姿を見下ろし、意を決したかのようにぬかるんだグラウンドに手をついた。
 その様子を見た幸恵は一瞬、驚きの表情をうかべた。先輩である絵里子の行動に並々ならぬ根性を感じ取ったはずだ。

 雨でぬかるんだグラウンドでパンプスを履いている絵里子は、腕立てを始めようとするが、一回目で滑ってしまいグラウンドにうつ伏せになってしまう。スーツ越しに地面から冷たいものを感じた。そして、背中には強い雨が打ち付ける。
 スーツが汚れるのを気にしていないことを幸恵に見せつけるかのように、何度も腕立てをしては、休む時は、わざとうつ伏して肩で息をした。

 腕立ての1セット目が終わると立ち上がり、次の腹筋へと移ろうとした。その時、リクルートスーツの前面が目に入ったが、思いのほか汚れていなかったので、少しだけほっとする。
 お尻を地面につけて座り、腹筋に取り組み始めた。背中が地面につくたびに泥水がピシャという音を立てた。
 雨が強くなり、しばらく雨にさらされていると泥汚れが洗い流されるほどになってきた。

DM6br(3)  腹筋の次は背筋だ。うつ伏せとなって顎を上に可能な限りあげようとするが、スーツを着ているせいもあり、思うように上がらない。形だけの背筋になってしまう。しかし、幸恵の手前、自分だって雨の中がんばっていることをアピールしたい気持ちだった。
 うつ伏せとなった時に、リクルートスーツを地面にこすり付けるように少し体を動かした。それを何度か繰り返し、背筋の1セット目も終えた。
 立ち上がった時のスーツの汚れ具合は先ほど腕立て伏せをした時と比べ物にならないほど汚れてしまった。

 次はダッシュである。就職活動用のパンプスなので、ヒールは低いとはいえ走りずらい。いつもよりもかなりゆっくりと走った。
 何セットかダッシュを繰り返し終えるころには、先ほどまでクリーニング仕立てであれほど綺麗だったリクルートスーツが、全身ずぶ濡れの上に、所々、泥で汚れてしまっていた。
 「(これから、どうしよう・・・。)」 

 今となっては、絵里子は、幸恵に対する意地から、こんなことになってしまったことを後悔していた。
 しかし、今更遅かった。 開き直った絵里子は、さらに筋トレを続けた。
 ダッシュの次は、このひどい雨に打たれながらの遠距離ランニングだった・・・。 
(完)

2011年7月 3日 (日)

雨の中のグラウンドで…(1)

                                            雨の中のグラウンドで・・・(2)を読む

 梅雨のシーズンになり雨の日が多くなった。絵里子は清華女子短期大学2年、ソフトボール部のショートのレギュラーで打順は4番を任されている。
 部長でもあり下級生からの信頼も厚く、チーム勝利に向けた期待も大きくかかっていた。絵里子はその期待に応えるためにも毎日休まず練習に取り組んでいる。

 そんな不動とも思える絵里子の地位であるが、絵里子自身は1年生の幸恵をライバルとみている。彼女は数か月前に陸上部から転部してきたばかりだが、運動神経抜群でみるみる実力をつけてきていた。
 そして、彼女が絵里子のレギュラーボジションを奪うことを目論んでいることと、そのことが現実味を帯びてきていることを絵里子は感じ取っていた。絵里子としては、主将という立場でありながら1年生の幸恵にポジションを奪われるのは、どうしても避けたいと考えている。

Meeting  絵里子は幸恵以上に練習に取り組んでいるつもりであった。しかし、1年生の幸恵とはことなり、短大の2年生ともなれば就職活動と部活動やサークル活動を両立させなくてはならない。
 ファッションデザイナーを夢見る絵里子にとっては、アパレル関連メーカーから内定をもらうことと、ソフトボール部の部長の職務を全うしレギュラーの座を守ることは、どちらも大切なことであった。
 練習時間・絶対量では幸恵にかなうはずはなく不利であったが、経験と実績に基づく練習方法と効率性で何とかカバーしていた。

Dm6-br2  就職活動中の今、絵里子は面接やセミナーなどの帰りには練習グラウンドに直行し、リクルートスーツから練習用ユニフォームに着替えると1分でも無駄にしないように効率良く体力トレーニングや守備・バッティング練習に励んだ。
 今日も某企業の一次面接があり、クリーニング仕立ての黒のリクルートスーツを着たまま部室へと向かった。

 約1か月後に夏の大会をひかえ、本番前までの毎週末に、近くの四年生女子大との練習試合が組まれていた。明日は、その練習試合の1試合目であった。練習試合とはいえ、気は抜けない。
 練習試合のスターティングメンバーに選ばれるためには、普段の練習でも顧問の先生に好調をアピールしなくてはならない。

 絵里子は、いつものようにリクルートスーツをハンガーにかけて自分のロッカーの中にしまった。面接会場で長時間座っていたからであろうか、タイトスカートのお尻の部分に座り皺が目立ったが、ほかの部分やジャケットなどには皺はなく綺麗なままであった。

 いつものようにロッカーの中の右の方に入れてある練習用のユニフォームに手を伸ばした。しかし、ユニフォームが無かった。
  「(しまった!昨日、けっこう汚れちゃったから洗濯するために家に持ってかえったんだ・・・)」
 ユニフォームがないからといって、部長という立場上、練習に出ないわけにはいかない。今、脱いだばかりのブラウスに急いで袖を通すと、スカートをはきスリットがちゃんと後ろにあることを確認し、ジャケットも着こんで、なぜか髪形など身だしなみもチェックするとグラウンドに出た。

Intherain2  顧問の先生に事情を話すと、今日はベンチから後輩の練習の指導をするようにと言われた。
 さすがに、ユニフォームが無く、黒リクルートスーツ姿の絵里子は、グラウンドでの筋トレ、守備やバッティングなどの練習はできない。グラウンド脇のベンチに座りながら部員たちの練習風景をながめていた。

 しばらくすると、頭に冷たいものが落ちてくるのを感じた。雨だった。
 最初はポツリポツリと小雨であったが、だんだんと雨足が強くなってきた。気が付くとタイトスカートには雨模様がはっきりと、まばらにつき始めていた。 
~(2)へ続く~

2010年7月16日 (金)

二人の女子大生の運命(3)


  -試験会場の田んぼで-

 田んぼは代掻き作業が済まされていて、程よく水がためられてあった。

 「では、これから田植えの実習を行いたいと思います・・・。」
 と言いながら、リクルートスーツ姿の絵里子を心配そうに試験官は眺めていた。

 絵里子は思いもよらない展開に戸惑いながらも試験官に言われるままに田んぼに入る準備をはじめた。
 ブラジャーのラインが透けて見えるのが気になったが動きずらいのでジャケットは脱ぐことにした。スカートとブラウスを脱ぐわけにはいかないので、ジャケットだけ脱いだ状態で実習試験を行うことになる。
 さすがにパンプスやパンストは脱いで裸足になって入ることにした。

 リクルートスーツ姿で不安げな様子の絵里子をよそに、試験官は号令をかける。
 「では、はじめてください!」
 絵里子は滑らないように注意しながら田んぼの中にはいっていった。両足を田んぼの中にいれると、いままで経験したことのない感覚が足裏を襲った。苗を入れた容器を持ちながらタイトスカート姿で田の中を歩いて進むのは意外と難しかった。

 「青野さん、焦らずゆっくりでかまいませんからね。スーツが汚れないように気を付けながらやってください。」
 「あ、はい・・・。」

 田に張られた泥水の水面は絵里子のふくらはぎくらいの高さなので、しゃがんだりでもしたらタイトスカートが泥水に浸されることになってしまう。
 さらに歩くときに、ゆっくり足を移動させないとスカートやブラウスに泥ハネが飛んでしまうので、そのことにも気をつけなくてはならなかった。

 普段、中腰の体勢になることなど無いので、2、3本苗を植えては体を休めた。
休むとはいえ、田の中でのことなので、中腰というきつい体勢から逃れるために直立することが体を休める唯一の方法であった。
 日が照ってきたせいもあり、すぐさま絵里子は汗びっしょりになり、ブラウスとスカートが体にまとわりつき始めた。そのことが絵里子には大変不快に感じた。ただでさえ動きづらい服装であるのに、それに追い打ちをかけた。
 さらには、まるで雨にでも打たれたかのように汗で濡れたブラウス越しに透けて見える下着が気になり始め、田植えに集中できずにいた。

 そのせいで、ときどき、泥に足を取られてヨロヨロと体制を崩し、あやうくスーツ姿で泥の中に倒れこみそうになったが、なんとか持ちこたえている。
 容器の中の半分くらいの苗を植え終わった頃だった。田の脇から女性の声が響いた。

 「青野さん!・・・青野絵里子さん!」
 その声に絵里子は反応し、中腰の体勢のまま後ろを振り返った。泥の中深く浸かって固定されていた足が、振り返った上半身の動きに呼応することができなかった。
 そして、固定された足のままではどうすることもできず、泥の中にお尻から「パシャ」という音と泥しぶきを上げながら倒れてしまった。
 お尻を田の底につけた状態では、下半身はすべて田の中に浸かってしまった。おろしたての純白のブラウスには泥ハネもとんでいて、二度と着れないであろう状態になってしまった。
 泥の中に埋もれたタイトスカートと泥ハネで汚れてしまったブラウスを呆然と見つめ身動きできずにいる絵里子の姿がそこにはあった。
 
 「・・・青野さん。」
 沙由理は絵里子に何と声をかけていいのかすぐには思いつかなかった。
 自分と間違えて田んぼにつれてこられ、挙句の果てにはリクルートスーツ姿のまま泥だらけになってしまったみじめな絵里子の姿に、沙由理は得体のしれない罪悪感に包まれ始めた。
 むろん、沙由理には何の責任もない。試験官の責任であり、ひいては会社の責任である。しかし、苗字が同じことで自分と間違えられた絵里子に対し同情せずにはいられなかった。
 
 沙由理はジャケットも着たままであるにもかかわらずリクルートスーツ姿のまま、田んぼの中に入り込んでいった。パンプスも履いたままである。
 そして、絵里子の方へと駆け寄っていった。絵里子は田んぼの真ん中あたりで座り込んでいるため、10メートルほど移動しなくてはなからなかった。パンプスは泥に埋まってすぐさま脱げてしまった。駆け寄っているうちにタイトスカートの太ももより下が泥で染まってしまい、ジャケットにも泥ハネが激しくとんでいた。

 絵里子のもとに着くと、沙由理は何のためらいもなく、田んぼの中に膝をついて絵里子の様子をうかがった。自分もリクルートスーツを泥だらけにして絵里子と同じような状態になることで、絵里子が感じているみじめさを少なからず拭い去り、また、自分の罪悪感も和らぐと感じていた。

 沙由理は、絵里子が自身の姿に絶望感を味わっているのではないかと考えていた。否。それは違った。
 絵里子は最初に田の中にしりもちをついてしまった時は、突然の出来事に呆然としていたものの、その後、泥まみれになった自分の状態に不思議と快感を味わっていたのであった。筆舌しがたい快感・・・懐かしい感覚、そして、生温かく柔らかい泥の感触をこのまま感じていたいという衝動に駆られていた。

 リクルートスーツ姿で田んぼの真ん中でしゃがみこんでいる二人。
 脇から驚いた表情で二人を観察する試験官には、何やら会話をしているように思えたが、声は聞こえない。どうすることもできず、ただ黙っているしかなかった。
 次の瞬間、試験官はさらに驚く光景を目撃することとなった・・・。

 試験官は田の脇にある小屋へ大急ぎで向かい、浴室のバスタブにお湯をはり、小屋の外の水道の蛇口にはホースをつなげた。田んぼからは、二人の声と「バシャ」という音が何度も響きわたっていた。 (完)

2010年7月 1日 (木)

二人の女子大生の運命(2)


 絵里子の到着から遅れること20分。といっても、会社から知らされた約束の時間よりも10分早いが沙由理が到着した。
 沙由理が到着した時間には既に受付が開設されており、制服姿の受付の女性が対応してくれた。沙由理は「青野」ですと名前を告げると試験会場の中へと案内された。

 沙由理は前回の面接と筆記試験にパスして今日は「2次選考」であった。しばらく、受付の女性に言われるがまま席についていたが、時間が経つにつれ何かおかしいことに気が付き始めた。
 2次選考を受けるのは自分一人だけと聞いていたのに、会場には3、4名のリクルートスーツ姿の女子学生がいる。しかも、会場についたら着替えて待っているようにと指示を受けていったが、そのことについて何の案内もない。

 リクルートスーツ姿の沙由理は受付の方に確認のために向かおうと席を立ち上がった瞬間、部屋のドアが開いた。
 「青野さん、ちょっとすみませんが、荷物をもってこちらへ来て下さい。」
 内心、沙由理はほっとした。しかし、部屋の外に出ると思いもよらないことを知らされる。

 「青野さん、いや、青野【沙由理】さんですよね?」
 「はい。」
 「すみません。貴方以外に、もう一人【青野】さんという女性がいたらしく、その方をあなたと勘違いしたらしく、実習試験が行われる会場に試験官が「もう一人の青野さん」を連れて20分ほど前に行ってしまったとのことなのです。」
 「私と間違えて・・・ですか?」
 「はい、すみません。携帯などの連絡手段もないため、人違いであることを伝えるには、直接会場にいくしかありません。申し訳ないですが、急いで会場に向かってもらえないでしょうか。」
 沙由理は受付の女性から会場までの地図を手渡される。
 「もしかして、もう一人の「青野」という女性、下の名前は【絵里子】いう人ですか?」
 「そうですがご存知なのですか?」
 「はい、同じ学校の人です。名前と顔は一致しますがあまり親しくはありません。あっ、早く行ってあげないといけませんね。では失礼します。」
 と、軽く頭を下げると、着替えの入ったバックを肩に掛けて手渡された地図を頼りに早足に会場へと向かい始めた。  ~(3)に続く~

2010年6月11日 (金)

二人の女子大生の運命(1)


 今、若い世代の人達の間で農業にビジネスチャンスを見いだしたり、農作業の尊さ・やりがい、または、田舎暮らし・自然の中での生活への憧れといった理由から農業への注目が高まりつつある。
 動機はどうあれ、農業にたずさわる人間が増えることは、暗い将来の日本の食糧事情に一筋の光が差し込みはじめたとも考えられる。

 そんな農業に魅力を感じ、大学卒業後の就職先として農業関連企業を志望し、本日選考試験に臨む女子大生が二人ここにいる。
 絵里子と沙由理である。二人は地方にある某女子短期大学農業学科の2年である。クラスは違うため、それほど接触する機会はなく殆ど話すこともない。

 だが、二人の苗字は偶然にも同じで「青野」という。苗字が一緒の上に、外見も似ているため二人は姉妹だとよく間違えられるが、実際には姉妹でもなければ親戚でもない。たまたま苗字が同じだけである。

 絵里子と沙由理は今、それぞれ自宅からリクルートスーツを着込んで、とある町の農業関連会社「A社」の選考会場へと向かっていた。もちろん、お互い「A社」を受けることは知らない。
 二人はそれぞれ選考段階が異なっており、一方は1回目の選考ということで面接と簡単な筆記試験。もう一方は2回目の選考で会社の田んぼを使って行われる実習試験であった。

 絵里子はかなりの余裕をもって自宅を出たため約束の時間の30分前に「A社」に到着した。時間が早かったせいか、まだ受付が開かれていないようであった。絵里子はしばらく外で立って待つことにした。

 「青野さんですか?ずいぶんと早いですね。」
 会社の中から長靴をはきジャージ姿の中年男性が出てきて絵里子に声をかけてきた。
 絵里子はジャージ姿に一瞬違和感を持ったが、会社から出てきて自分の名前を呼んだのだから、選考に関係のある人なのだろうと思い応答した。

 「おはようございます。はじめまして、青野絵里子と申します。本日は宜しくお願いします!」
 「青野さん・・・うちのような中小の会社ですから、この時間の選考は青野さん一人だけでして。時間がもったいないから、青野さんさえよければ、もう始めてしまってもいいんですが、どうします?」
 「はい、よろしくお願いします。」
 「では、更衣室がありますから着替えてきて下さい。」
 「はい? あの、着替えるといいますと?」
 「人事課から連絡いっているはずですけど。スーツのまま選考受けるつもりですか・・・?」
 ジャージ姿の試験官は驚いた表情で聞き返した。
 「はい。就職活動中はたいていリクルートスーツです。何も考えずいつものようにスーツで着てしまいましたけど・・・。」
 「服装に決まりは無いので何でも構いませんが、ちょっとびっくりしたもので・・・。まあ、青野さんさえよければそのままでもいいですよ。では、選考会場へと移動しましょうか?」
 「ここではないのですか?」
 「そう伝えてあったはずですけど。」
 「日時と集合場所はしっかり見ていたのですが、細かい所までは確認しておりませんでした。着替えの事といい、場所のことといい、本当に申し訳ございません。」
 「いやいや、そんな恐縮しなくても。気にしないで下さい。」

 リクルートスーツ姿の絵里子とジャージ姿の中年男性の二人は、あたりさわりのない会話をしながら実習試験の会場である田んぼのある所へと歩いて向かった。
 だが、絵里子は自分が今、田んぼに向かっているということもそこで行われることも知らない。  ~(2)へ続く~

2010年5月 6日 (木)

ライバルとの戦い(最終回)


 周りの部員達は驚きのまなざしで、リクルートスーツ姿の絵里子を眺めている。
 絵里子は何かに取り憑かれたかのようにぬかるんだグラウンドの中で何度もボールに向かってとびこんで、スーツをさらに泥だらけにしていく。
 最初にノックを受けてから20分程まったく休むことなく間髪入れずにボールが絵里子に送り出されていた。ノックする人間はその間に2,3回代わったほどハードであったにも関わらず、絵里子は一人でボールを追いかけつづけた。

 ジャケットのインナーの白ブラウスにもべっとりと泥がこびりつきはじめた頃、さすがの絵里子もスタミナが切れ始め、次第にボールを追いかける足が言うことをきかなくなってきた。ついには、足がもつれて倒れ込んでしまった。そして、そのままぬかるんだグラウンドの上に躊躇することなく仰向けに寝転がって肩で息をした。

 「先輩・・・」
 と、ライバルの奈緒美が真っ先に駆け寄ってきた。絵里子に手をさしのべ上体を起こさせると、弾きとんでいたジャケットのボタンを拾って手渡した。
 「絵里子先輩・・・私、やっぱり先輩にはかないませんよ。」
 「ユニフォームを着ていればもっと長く動けたかもよ。」
 「スーツ、すごいことになってしまいましたね・・・」
 奈緒美にそう言われて、改めて自分の泥だらけのスーツを見下ろした。

 「あーあ、ほんと凄い格好だよね。(笑)シャワー浴びて汚れを落とさないとね。」
 「でも、帰りどうするんですか? あの、良かったら服、お貸ししましょうか?」
 「服って、奈緒美、自分の以外に予備でもあるの?」
 「実は、先週、試験監督のアルバイトをしたときに着たスーツが部室にそのまま置きっぱなしにしてあるんですよ。」
 「あのスーツ、奈緒美のだったんだ?」
 「はい、もう当分は着る機会はないと思うので、しばらくお貸ししますよ。」
 「せっかく借りても、下着が濡れたままだとちょっと濡れちゃうね。」
 「先輩さえよければ、別に問題ないですよ。」
 「そう。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ありがとう!」
 「はい、そうしてください。」
 「さすがに汚れ落としても濡れたままのスーツで街歩くのは恥ずかしいしね。(笑)今度、クリーニングして返すからね。」
 
 守備練習が終わったこともあり、絵里子達は部室にもどった。
 絵里子は泥だらけのリクルートスーツのまま真っ先にシャワー室に入っていった。そしてレバーをめいっぱいにすると、勢いよく温水がスーツにかかり「ゴー」という轟音が狭いシャワールーム全体を包み込んだ。

 スーツのジャケットやスカートにこびりついた泥を落とすのはたやすかった。しかし、今朝おろしたばかりの白の開襟ブラウスについた泥は茶色っぽく染みになって落ちなかった。
 見かけ上は汚れの落ちたジャケットとスカート、染みになったままのブラウスの水を可能な限り絞り終え、ひとまとめにした。
 さすがに、このままではクリーニング屋には持っていけないので、あとで外の物干しにつるして明日まで自然乾燥させておこうと考えた。

 一応綺麗になった下着は、当然濡れたままだった。しかし、今日はこれで帰らざるをえない。
 濡れた体をタオルで丹念にふき終えると、絵里子は奈緒美を呼んだ。
 「奈緒美、スーツ
お願い。」
 奈緒美は部室内に置いてあったスーツをシャワー室まで持っていきスーツカバーをはずすと絵里子に手渡した。
 まだ、数回しか着たことがないのであろう。まるで新品であるかのように綺麗な濃紺のオーソドックスなスーツであった。
 「ありがとう、奈緒美!借りるね。」
 「はい、どうぞお使い下さい。」
 「でも、人のスーツ借りるの初めてだし、こんなに綺麗だと、なんか緊張しちゃうね。」
 「先輩、そんなに気にしないで下さいよ。もし汚れちゃってもクリーニングすれば大丈夫ですし。・・・あっ、私、いそがないと・・・さっきのメンバーと走塁練習することになってるんです。またグラウンドに戻ります!」
 「えっ!そうなの?」
 「先輩、今日はお疲れさまでした。それでは、お気をつけて!」
 と頭を軽く下げると奈緒美はグラウンドへと向かっていってしまった。

 帰り支度をし、部室を出ようとした絵里子は、ふとある事を思いだした。
 「(あっ! 私・・・今日、走塁練習してない・・・)」
 さすがに今日の状況では無しにしてもよかった。当然の判断であり誰にも文句言われることないだろう。
 しかし、彼女の律儀で神経質な性格と、中学時代から中途半端な気持でソフトボールに取り組んでこなかったという並々ならぬプライドがこういう時に邪魔をする。
 さらには、ライバルの奈緒美が走塁練習をするという事を、今、目の前で聞いたいじょう、絵里子は、そのまま帰ってしまう事が気分的にはできなかった。

 今の自分の姿を一瞥した。
 「(守備じゃないからね。走塁のタイミングをはかってちょっと走るだけだから大丈夫だよね・・・。)」

 ふと気が付くと、奈緒美から借りた濃紺スーツ姿であるにもかかわらず、絵里子は再びパンプスからスパイクへと履き替えていた。 (完)

2010年4月22日 (木)

ライバルとの戦い(2)


 絵里子は今日おろしたばかりのチャコールグレーのリクルートスーツをしばらくながめていたが、意を決したかのようにパンプスとパンストを脱ぎ、いつものように靴下とスパイクへと履き替えた。そして、グローブを手にするとグラウンドへと向かうのであった。

 同じ守備位置で絵里子とレギュラーあらそいを演じるライバルの奈緒美や他のレギュラー選手達の視線が彼女へと注がれた。
 「絵里子先輩!今日は練習に参加しないんですか?」
 と、奈緒美が不思議そうに問いかけた。

 「ううん、私、ちゃんとスパイクはいているでしょ。」
 「でも・・・」
 「今日ね、うっかり練習用ユニフォーム忘れちゃったの。だから、リクルートスーツで練習するわ。」
 「先輩・・・スーツ姿では動きずらいですよ。それに、今日1日くらい休んでも。」
 「スーツで練習しちゃいけないという決まりはないでしょ。大会が近いし休んでなんかいられないわ。それはみんなだって一緒よ!」
 「でも、先輩、就職活動中ですよね。スーツが汚れちゃいますよ。」
 「大丈夫よ。汚れないように上手くやるわ。万一汚れたって洗い流してクリーニングに出せばいいんだし、リクルートスーツならもう一着持ってるわ。」

 絵里子は、早速、守備位置につき奈緒美と交互に後輩からのノックを受け始めた。
 練習用のユニフォームを着ている奈緒美は普通にさばいていてはグラブが届かないようなボールには思いっきりとびついた。その全てがファインプレーでボールは彼女のグラブの中へと収まっていった。それを繰り返すにつれ、彼女の白のユニフォームの前部はさらに真っ黒になっていった。
 まるで、絵里子にはここまではできないだろうと、見せつけているかのようなプレーであった。

 そんな奈緒美の姿を目の前で見ていた絵里子はもどかしくてたまらなかった。なぜならば、自分だってユニフォーム姿であれば、あのくらいのプレーはできると思っているからだ。
 ただ、今はリクルートスーツ姿。ぬかるんだグラウンドの上では大胆な行動はとれない。
 それを察しているノック係りの後輩は絵里子にはあまり動かなくても捕球できるようなボールだけを送り出していた。絵里子はリクルートスーツを汚さないように水たまりなどにも注意しながら守備練習を続けていた。

 何度も水たまりに落ちたショートバウンドのボールを処理している内に、絵里子のリクルートスーツは泥ハネでタイトスカートの下の方がかなり汚れていた。その事に気が付くと絵里子は頭が一瞬真っ白になった。
 しかし、すぐさま頭を切り換えて、大胆な指示を後輩に出した。踏ん切りがつけば恐いものなどなかった。
 奈緒美と同じようなボールを自分にも打つように言ったのである。奈緒美をはじめ、まわりの者は耳を疑った。後輩はただ言われるままに、その通りにボールを打った。

 すると、ぬかるんだグラウンドの上に転がるボールに、リクルートスーツ姿のまま絵里子はとびこんだ。みんな絵里子の行動には驚き、唖然としている。しばらくの間、静寂がグラウンドを包んだ。
 そして、左右にボールを大きく振ってノックしてもらい、繰り返し何度も何度もぬかるみの中にとびこんだ。いつしか、ジャケットのボタンは、はじきとんでおり、ジャケットの下のブラウスも泥で真っ茶色に染まっていた。
 絵里子を後ろから見ると、一糸乱れぬまっさらのリクルートスーツ姿そのものであったが、前は泥がべっとりとスーツ一面を覆っていた。 ~(3)に続く~