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カテゴリ「メッシー・ストーリー」の69件の記事 Feed

2010年4月 6日 (火)

ライバルとの戦い(1)

 4月になり桜の花びらが風で舞い、葉桜となりはじめると、就職活動中の絵里子は連日重要な面接で目白押しであった。
 就職活動のみならず、大学のゼミの授業やその他の活動でも忙しい毎日を送っていた。そんな多忙な彼女のストレス解消になっていたのが大学のサークル活動だ。それは、中学時代からずっと続けてきたソフトボールである。

 絵里子は女子ソフトボール同好会では大学1年次からずっとショートのレギュラーで4番を打ち続けていたが、今年春から外部の女子大から学士入学してきた奈緒美と熾烈なレギュラーあらそいを演じている。
 絵里子は4年生で就職活動にゼミ、論文制作と多忙をきわめ、ソフトボールの練習に回せる時間に限りがある。

 1学年下の奈緒美はまだ3年生ということで時間的にも余裕があり、暇さえあれば他のメンバーと共にソフトボールの練習に打ち込める環境であった。レギュラーをあらそう2人にとって、絵里子はあまりにも不利だ。
 しかし、中学時代からソフトボールを続けてきたという経験が大きな支えになっていたが、それは奈緒美も同じだった。つまり経験に2人はあまり差はない。そうなると、今は、可能な限り練習に時間を割いた方が有利である。

 来月には、「首都圏女子大学ソフトボール」のリーグ戦が控えていた。絵里子は連日就職活動であったが、面接や説明会、試験などが終わると、喫茶店などでくつろぐこともせず、1分でも早くと時間を惜しんでキャンパス内のグラウンドへと向かうのであった。
 そして、更衣室でリクルートスーツから上下真っ白の練習用ユニフォームに着替えるとストレッチを行ってから、バッティングはもちろん、守備や走塁練習なども行う。

 雨が降っていると外での練習はなく、自主的に体育館でトレーニングを行うが、雨さえ降っていなければ基本的にストレッチも含め活動は外で行うことになっている。
 多少グラウンドがぬかるんでいても守備練習や走塁練習も行うので、そんな時は、みんな真っ白なユニフォームをすぐに真っ黒にしてしまうのであった。 

 今日は・・・といえば、あいにく昨日から今朝まで降り続いた雨でグラウンドはぬかるんでいた。一部水たまりができている所もあり守備がしにくい場所もある。
 ただ、雨は今現在降っておらず、天気はくもりであるものの雨が降りそうな気配はないので、グラウンドでの練習はやろうと思えばできる。
 しかし、グランドはぬかるんでいるので、スパイクをはいてみんなで足を踏み入れれば瞬く間にグラウンドはぐちゃぐちゃになるだろう。
 
 したがって、走塁練習をしたり守備練習でボールにとびこみでもしたら、すぐにユニフォームは泥だらけになるだろう。グラウンドの状態も良くないので、多数決で今日の練習は各自の判断でトレーニングなりグラウンドでの練習を行うこととなった。
 ユニフォームが泥だらけになることを覚悟で殊勝にもグラウンドで守備練習や走塁練習をしようとする者のもいた。その中に、絵里子のライバルの奈緒美がいた。
 奈緒美は、何度も着込んで泥まみれになったことがあるのか、白のユニフォームは上下とも比較的目立つ茶色い染みで一面くすんでいる。

 奈緒美がグラウンドの外の部室の方に目をやると、チャコールグレーのリクルートスーツ姿の絵里子が部室に入っていこうとするのが見えた。就職活動が終わってそのままキャンパスに足を運んだのであろう。
 一方の絵里子も、ぬかるんだグラウンドにいるユニフォーム姿の部員の中に奈緒美がいることを察知した。
 「奈緒美がやるなら私もやるわよ!」と心の中では闘志むき出しであった。

 練習用のユニフォームに着替えるために絵里子は急いで部室内の更衣室へと小走りで向かった。そして、リクルートバックをロッカーにしまうときに、顔が青ざめた・・・。
 いつもロッカーの下に練習用のユニフォームをおいてある。2セット持っていて常に1セット部室においてあり、2,3日着るか、または激しく汚れたときに自宅に持ち帰って洗濯し、翌日に洗濯済みのもう1つの方をもってくるようにしていた。
 しかし、今日はユニフォームが見あたらない。誰かに嫌がらせでもされたのか。否、それは違うと絵里子は直ぐに思った。そんな陰湿なことをするメンバーは少なくても絵里子の仲間の中にはいない。ライバルとはいえ、皆、正面からの真っ向勝負で蹴落とそうとしていた。

 絵里子はユニフォームがない理由を理解した。今日は今週最初の練習であったが、先週末、自宅に持ち帰っていたのだ。
 それほど汚れていなかったので、ロッカーに置いていっても問題なかったが、週末だし、週明けに洗濯済みの綺麗なユニフォームで練習しようと考えて持ち帰っていたのであった。
 就職活動の準備やら何やらで頭の中がいっぱいだったせいもあり、ユニフォームの事をすっかり忘れていた。てっきり部室に1セット置いたままであると思っていた。

 部室の窓をあけグラウンドに目をやると、既にユニフォームを泥だらけにしながら守備練習に励むライバルの奈緒美や他のレギュラー選手達の姿があった。 
 グラウンドは当然、ドロドロにぬかるんでいる。ユニフォームが無い絵里子は練習ができない。自分で犯したミスに喪失感を抱き、泣きたい気分であった。
 来月行われる他の女子大とのリーグ戦を前に、熾烈なレギュラー争いを繰り広げる者にとって、1日でも練習を休んでライバルに差をつけられる事は致命的であった。その事は絵里子も十分理解していた。

 窓を閉めると、絵里子は今日おろしたばかりのチャコールグレーのリクルートスーツの胸元からタイトスカートの裾までゆっくりと視線を落とした。 ~(2)に続く~

2010年3月14日 (日)

新入社員の農業研修(3)

 絵里子はクリーニング仕立ての濃紺リクルートスーツ姿で、大胆にもぬかるみの上に尻餅をついてしまったのであった。
 ジャガイモを掘り出そうと茎を引っ張りながらイモが土の中から抜けた瞬間、勢い余ってしゃがんだ状態のまま後ろに転んでしまったように「みえた」。

 しかし、絵里子はわざとそうしたのであった。その事に気が付いている者は誰1人としていなかった。リクルートスーツを汚してしまった女子社員が2人、畑のぬかるみの上に座り込んでいる。
 スーツ姿の女性達が畑にいること自体が
非日常的であるが、スーツを泥だらけにしてしまった女性がいるという光景は実に異様であった。
 呆然とした状態で座り込んでいた怜奈は、絵里子の姿をみて放心状態から覚めたようだ。自分の事よりも絵里子の事のほうを気にし始めた。

 「えりちゃん、大丈夫?」
 「大丈夫じゃないよ・・・。(笑)」
 絵里子は笑いながら立ち上がった。今さっきまで一糸乱れぬ状態であったタイトスカートはお尻の部分が真っ茶色に染まってしまっていた。
 絵里子は起きあがると、怜奈の手を引き、しゃがんだままの彼女を起き上がらせた。怜奈も絵里子と同じようにタイトスカートのお尻部分から下が汚れていた。そして、2人のスカートの裾からはポタポタと泥が滴り落ちていた。

 怜奈と絵里子はリクルートスーツが汚れるのを着にせずに作業を行い始めた。収穫したジャガイモについた泥をスカートの太股辺りの生地になすりつけ、泥を拭き取ってからかごの中に入れた。
 着替えを持ってきている故、一端汚れてしまえば吹っ切れるものである。

 そんな2人の姿を見ていた他の同僚達も、スーツが汚れないよう注意しながら作業するのが億劫になってきたのか、汚れるのを厭わないようになっており、気が付くとジャケットとブラウスの袖口やスカートの裾辺りが泥で汚し始めていた。
 
 講師からノルマとして課されたジャガイモ畑一区画の収穫作業は、まだ半分も終わっていない。
 低い体勢で作業することは20代前半の新入女子社員達には想像以上に大変なことであったらしい。疲れたら休みながら作業しても良いことにはなっていたが、くつろげるソファーやベットがあるわけではない。辺り一面のジャガイモ畑。疲れを癒すには、ぬかるんだ地面の上にお尻をついて座るしかない。

 既にスカートを泥だらけにしている怜奈や絵里子が、ぬかるみの上に座って小休止するのが気にならないのはある意味当然かもしれない。ただ、他の女子社員達は袖や裾が汚れているだけであるので、これ以上スーツを汚したくなければ座らず立って休むという選択肢もあった。
 しかし、低姿勢で作業し続けることの疲労度は想像に難くない。疲れと緊張から解放されるために、他の女子達もスーツが泥だらけになる事を代償として「癒し」を選択したのであった。

 しばらく休憩すると、みんな立ち上がり、残りのジャガイモの収穫に精を出した。疲れが癒され、汚れることを気にせず作業に専念できるようになったためか、あっという間に残りの収穫を終えた。
 その頃には彼女らの汚れたスーツは乾き始めていた。皆一様にお尻の中心部はまだ水分を含んだ泥で汚れているが、その周囲は乾いて白っぽく変色し始め、布地が硬くなっていた。

 作業を終えた彼女らに講師は「粋なはからい」をした。
 「みなさん、泥だらけになりながらの収穫、お疲れさまでした。研修はこれにて全て終了です。明日、会社で制服を支給します。したがって、今日でリクルートスーツは卒業です。着替えも持ってきているわけですし、その汚れてしまったリクルートスーツのまま最後に泥んこ遊びというのはどうですか?なかなかできない体験だと思いますよ!」
 と、ジャガイモ畑の脇にある田んぼを指さした。田植え前の代かきを終えたばかりの状態らしかった。

 彼女らは皆、少女のような笑みを浮かべた。心の内は既に決まっていた。(完)

2010年3月 7日 (日)

新入社員の農業研修(2)

  軍手を手にはめた絵里子らは、ジャガイモを掘るために体勢を低くした。中腰の状態ではきつく体が安定しないとのことで、講師にしゃがみ込むように指示をうける。
 みんな講師の指示通りにしゃがみ込もうとするが、タイトスカートのスリット部分がぬかるんだ土につきそうで気になって仕方なかった。

 万一、汚れてしまった時のためにスーツの着替えを持ってくるように講師からは言われていたので、全員着替えのスーツを用意してあった。しかし、できることなら着替えなどせずに研修を済ませたいと誰もが思っていた。

 ジャガイモ畑で数名のリクルートスーツ姿の新入女子社員達が横一列にしゃがんで、講師に言われた通り、根本の周りの土に両手を添えて少し土を掘りおこした。雨上がりであるため土はぬかるんでいてやわらかかった。
 容易に土を堀りおこすことはできたが、水分を含んだドロドロの泥で軍手はあっという間に汚れてしまった。こんな手でスーツに触れてしまっては大変なことになることは参加者全員が分かっていた。

 絵里子は右隣の怜奈に目をやると、思わず声を上げた。
 「怜奈ちゃん! スカートの後ろの裾が・・・。」
 怜奈は、絵里子の言葉に反応し、自分がどういう状況に陥っているかの察しはついていた。怜奈は、とっさにスカートのお尻の部分を軍手をした手のままで触ってしまった。
 「あっ!」と怜奈自身はもちろんのこと、絵里子や周りにいた女子達も叫んでしまった。

 しかし、時すでに遅し。軍手に付いていたぬるぬるの泥は、クリーニング仕立てであろうか一糸乱れぬ怜奈の綺麗なチャコールグレーのタイトスカートへと付着した。
 さらに悪いことには、怜奈は条件反射的に、その泥を払おうとして、逆にお尻部分一帯を泥で塗りたぐる結果になってしまった。
 そして、怜奈はこの一瞬の出来事に呆然とし、体の力が抜け、わなわなとぬかるんだ畑の上にお尻を付いて座り込んでしまった。

 誰にとっても衝撃的な出来事であった。講師も、怜奈に何て声をかけていいのか分からなかった。
 絵里子は、自分が怜奈に声をかけたせいでこうなったのかと責任を感じていたが、何と怜奈に声をかけるべきか考えあぐねていた。

 怜奈は、ぬかるんだ土の上にぺタッとお尻をついたまま身動きできないでいる。
 畑の中はしばらく沈黙に包まれていたが、その沈黙を破ったのは絵里子の機転をきかした思い切った行動であった・・・。 ~(3)に続く~

2010年2月28日 (日)

新入社員の農業研修(1)

 絵里子は中小の某食品メーカーの新入社員である。同期の新入女子社員は絵里子を含めて4名いるが、入社してからの数ヶ月、マナー研修や実務研修を本社でみっちりおこなってきた。
 研修期間中は制服が支給されず、自前のスーツを着用する事が義務であるため、みんな、就職活動で使用していたリクルートスーツを着て研修に臨んでいた。

 今日は、最後の研修ともいうべき「屋外研修」の日であった。朝から夕方までの一日がかりで行われる。本当は昨日行われるはずであったが、雨で一日延期となっていた。 
 会社が保有する農場で行われることになっており、この研修を終えることで新入女子社員達には制服が支給される。

 研修期間中はスーツ着用というのが規則であるため、雨あがりの農場で行われる今日の研修でも参加者達はスーツ、つまりはリクルートスーツ着用であった。制服が支給されていない以上、ある意味やむを得ない措置である。
 この研修は屋外で行われる上、あいにく雨上がりの翌日開催ということで、へたをするとスーツを汚してしまう可能性があった。その為、前日に講師からは着替えを持参するように指示をされていた。

 ぱっと見はみんな同じ黒のリクルートスーツを着ているように見えるが、絵里子は研修期間中に着込んだ濃紺のリクルートスーツで身を包んでいる。他の女子達も同様にチャコールグレーや黒など微妙に色合いが異なるリクルートスーツだ。

 新入女子社員達は広大なジャガイモ畑へと講師と共に足を踏み入れた。そして、本社での研修で学んだ事の一部を、本物の農場で確認している。絵里子の会社では様々な食品を加工しているが、中でもジャガイモを原材料にした商品は中心的なものである。
 主要商品の原材料であるジャガイモ作りの現場で、農作物生産の苦労や尊さを直接肌身で感じさせることで、社員教育上の効果も狙おうというのが会社の狙いでもあった。大学を卒業して間もない新入女子社員達にとって、農場の土に触れるという機会が初めての者も少なくなかった。

 講師に先導され、実際にジャガイモを収穫することになった。雨上がりということで足場はぬかるんでいるため、パンプスを履いた状態では油断すると滑りそうであった。リクルートスーツ姿の女子社員達は足下を見ながら慎重に足を進めた。ジャガイモの葉や茎には雨露が残っていた。
 葉にスーツが触れると濡れてしまうため、足下だけでなく、その事にも気を配らなくてはならなかった。みんな、スーツの替えを持ってきているとはいえ、濡れたり汚れたりすることを厭わない者などいるはずがない。

 講師から軍手を配布され手にすると、いよいよジャガイモ掘りの開始だ。
 まずは講師が、見本を見せた。茎の根本を持ち、ゆっくりと力を入れながら上に引っ張っていくと、徐々にジャガイモが土の中から姿を現してきた。そして、空気中にスポッと抜ける瞬間、勢いあまって後ろに転びそうになっていた。足場が悪いせいであろう。

 講師だけは汚れてもいいような恰好をしているが、絵里子達はリクルートスーツ姿だ。講師が転びそうになる様子を目撃するなり、皆、顔色が変わった。ジャガイモが抜ける瞬間は特に気を付けないと大変な事になると認識したからであった。 ~(2)に続く~

2010年2月17日 (水)

体育会系の女子マネージャー(2)

 外では下級生幹部によって「メインイベント」の準備が整ったようで部を引退する4年生達は全員、練習用グラウンドへと誘導された。
 晴れの日だというのに、グラウンドのダイヤモンドは、まるで雨でも降ったかのようにぬかるんでいた。ただ雨が降っただけなら水たまりができる程度であろうが、下級生達は、「ご丁寧」にホースで水を撒いた後、スパイクで踏みならしたようで特にホームベース周辺は「ドロドロの状態」になっていた。
 
 絵里子は、そういう案配になることを下級生の立場から毎年見物してきたので知ってはいたが、いざ、目の前にすると、その光景は恐ろしいものであった。
 例年、このメインイベントでは4年生の男子野球部員が背番号の若い順に、そして、男子全員終わった後に4年生女子マネージャーが苗字の五十音順にダイヤモンドを一周し、水をまかれて泥だらけにされたホームベースを踏むことで「引退」が成立する。昔から部に伝わる引退時の儀式的行事である。
 男子は全員、ユニフォーム姿でヘッドスライディングするのが慣習化されている。
だが、女子は強制ではない。

 ホームベース周辺をぬかるんだ状態にするのは、万一、女子マネージャーが男子達に交じってヘッドスライディングをした場合に、怪我をしないようにとの配慮のためであった。
 そうはいっても、この「追い出しイベント」には女子マネージャーは、女子のユニフォームとも言える正装、スーツ姿で参加することになっている。その為、泥の中にヘッドスライディングをするものはまずいない。
 大抵の女子は、ゆっくりダイヤモンドを走り、滑って転ばないように注意しながらゆっくりとホームベースを駆け抜けるのが普通である。だが、1、2年に一人くらいは受け狙いで泥の海に飛び込む「いかにも体育会系」の男っぽい性格の女子マネージャーがいるのも事実であった。

 その基準で言えば、部のマドンナ的存在であり性格的にもおとなしい絵里子はヘッドスライディングなどするはずがないと誰もが思っていた。だが、酔ってしまえ何が起きるか分からない・・・。
 だからこそ、今日の4年生が参加する最後のお祭りイベントでは、下級生の無礼講が許されるため、さきほど後輩の男子達が絵里子に挙ってお酒を注いだのであった。
 
 野球部のマネージャーともなればスーツ着用機会が多いため、最低でも3、4着はリクルートスーツを持っている。しかし、その中の1、2着は着込まれ、よれよれになっていて社会人になっても着れないほどいたんでいる事が多い。
 当然、女子マネージャー達はこのイベントで着用するリクルートスーツは、そのような状態で処分しても構わないものを選ぶ。なぜなら、「メインイベント」でヘッドスライディングをしなくても、イベントの締めで下級生、4年生入り乱れての「ビールかけ」があるからだ。
 それを知っているにも関わらず、絵里子だけは自分が持っているリクルートスーツの中でも一番状態が良いものを着て参加していた。他の女子マネージャーからみても奇異な行為にうつっていることだろう。

 「メインイベント」は着々と進行し、気がつくと男子達はみんな泥だらけになっていた。いよいよ、女子マネージャーの番であった。絵里子は女子の最後の順序であった。当然とはいえ、絵里子の前までの女子マネージャーはみんな慎重に泥はねがスーツにとばないように気を付けながらダイヤモンドを駆けていった。泥だらけのユニフォームを着た4年生男子達も、下級生達も女子の「儀式」は淡々と行われていくものと静かに見守っている。

 いつもとちょっと違ったテンションの絵里子が「いきます!」と声を上げると、勢い良く走り出した。一塁ベース、二塁ベースとまわった後、絵里子の走るスピードがやや遅くなった。タイミングを計っているのか、何か考えながら走っているのかのように見えた。

 その時、絵里子の心の中では、二塁ベースをまわった途端に迷いが生じていた。先ほど下級生達にお酒をすすめられていた時は、アルコールが入っていたせいもありヘッドスライディングして男子達を驚かせようと内心思っていた。
 しかし、少し時間が経って酔いが醒めてくると冷静さを取り戻していた。
 「やっぱり、このスーツではとび込めないわ・・・。」
 今思えば汚れて処分する羽目になっても構わないように、だいぶ着こなしたスーツで参加し、今着ているスーツは帰りの着替え用にすれば良かったと後悔し始めていた。

 あれこれ考えている内に、絵里子は自分が三塁ベースをまわりホームに近づいていることに気がついた。
 「えっ、うそ。 あっ、どうしよう・・・。」
 心の奥底から沸き上がってくる絵里子の正直な感情が、心の葛藤に瞬時に決着をつけた。絵里子の体は目に見えない何かの力によって泥に引きつけられていった・・・。
 
 今さっきまで賑わっていたグラウンドは、静寂に包まれた。泥の海のホームベース上でリクルートスーツ姿でうつ伏せになっている絵里子。それを、唖然とした表情でながめる参加者達。
 しばらくの間、時間が止まった。やがて、絵里子が立ち上がろうとしたが、何とも言えない感覚に襲われて、わなわなと倒れ込んしまい、泥の上にお尻をついてしゃがみ込んでしまった。
 しゃがみ込んだ絵里子のリクルートスーツは、当然のことながらタイトスカートもジャケットも体の前面部分が茶色に染まっている。ジャケットとスカートの境目が分からないほどひどい汚れ具合であった。
 そして、クリーミーな泥は、絵里子の顔一面、さらには自慢の黒髪にもかかっていた。髪を結んでいる白いレースのリボンも茶色く染まってしまい、派手にヘッドスライディングをしたことを物語っていた。まるで、ガタリンピックかなにかの泥んこイベントに参加したかのような状態であった。

 イベント最後の締めの「ビールかけ」では、みんなからビールをかけられ泥を洗い流してもらった。主役はまたもや絵里子であった。
 下級生達の記憶に強く刻まれ、部の女子マネージャーの武勇伝として語り継がれていくことは必至であろう。その代償として差し出したのは、昨年、就職活動用に購入した新品同様のリクルートスーツ一式であった。
 
しかし、絵里子にとって、それに見合うだけの経験と想い出作りができた。リクルートスーツを着て泥だらけになって4年間を締めくくるなど、なかなか体験できることではない。絵里子にとっては一生忘れることができない「青春の一コマ」となった。 (完)

2010年2月 7日 (日)

体育会系の女子マネージャー(1)

 大学の硬式野球部のマネージャーを務めていた絵里子は、今、他の女子マネジャー、4年生男子部員達と共にイベントに参加していた。
 毎年、秋の大会が閉幕し全ての活動が終了すると、硬式野球部4年生の男子部員と女子マネジャー達は、下級生部員達から「ちょっと手荒い」追い出しイベントをもてなされるのが慣例となっている。

 普段練習中などの時、女子マネージャー達はジャージ姿であることが多いが、試合等の移動中はもちろんのこと、試合中にベンチに入っているときも正装と義務付けられている。つまり、男子部員のユニフォームに相当するものが、女子マネージャーの場合はスーツということだ。

 当然、女子学生のほとんどの人が就職活動を行うため、部活動の時に着用するスーツとしてリクルートスーツを併用することがほとんどである。絵里子もそうであった。
 ただ、運動部の女子マネジャーというものは、概して、就職活動よりも部活動でスーツを着る機会の方が圧倒的に多く、1年生の時点で入学式に着用したスーツを含め最低2着はもっている。上級生になると数着買い足して合計4~5着保有しているのが普通とされている。

 それもそのはず、野球はもちろんサッカーなどほとんどの屋外スポーツが雨の日でも試合が行われる事があるため、リクルートスーツ姿で雨に打たれたりする事も年に数度は存在する。就職活動だけにリクルートスーツを着ている女子学生に比べるとスーツの消耗度が激しいのだ。
 絵里子も入学時に親から購入してもらったチャコールグレーのスーツを含め、今では合計4着保有していた。

 「追い出しイベント」では男子は試合用ユニフォーム、そして、女子は部の正装であるスーツを着用ということになっている。4年生だけでなく下級生も、このイベントでは男女共に同様の服装である。
 今、絵里子は自分が持っているスーツの中でも一番綺麗な濃紺リクルートスーツを着ている。昨年、就職活動用に買い足したもので、部活動では一度も着用したことがない。面接で何度か着ただけなので新品同様であった。それを今日のイベントに合わせてクリーニングに出しておいたのだった。

 イベントは狭い部室内ではなく、今日のイベントのために借り切った学内の会議室内のレイアウトを変えておこなっていた。滞りなく進行するプログラム。迫り来るメインイベント・・・。絵里子は、自分のリクルートスーツの1時間後の運命を知っていた。
 今まで下級生として参加し、毎年、先輩マネージャー達がこのイベントに参加している様子を羨望のまなざしで眺めていたからだ。

 新旧の役員の引継が終わり、4年生が一人一人、下級生達に対して一言ずつ檀上から挨拶をしはじめた。 絵里子の番となり檀上にあがると、下級生の男子部員からも声援が飛び交い、場が盛り上がる。1年生から4年生まで約10名いる女子マネジャー達の中でも、その容貌がひときわ目立つマドンナ的存在であった所以である。

 4年生の挨拶が全員終わると、イベントも佳境となり、いよいよ「メインイベント」が目前に迫ってくる。
 つかの間の休息・・・外では数名の下級生幹部が準備を進めているようだ。絵里子は、外の様子を垣間見ながら自分のリクルートスーツへと視線を落とすと胸はさらに高鳴った。

 準備が整うまで、みんな雑談をしながら、わいわい騒ぐのであるが、4年生達は下級生達からのお酌が絶えなくなってくる。そして、今日の男子部員達のターゲットは言うまでもなく絵里子であった。酔った絵里子が「メインイベント」でどんな行動をとるのか興味を持っているのだ。
 絵里子は、ほっぺたが赤くなってきて、いつもよりも陽気な気分でかなり高いテンションで振る舞っているように見える。端から見れば酔っている女そのものである。

 しかし、絵里子は男子部員達の思惑は察知していた。その事を悟られないように振る舞っている。アルコールには自信がある絵里子にとって、全ては計算ずくであった。

 男子達を驚き喜ばせる為・・・そして何よりも自分自身が楽しむための前戯にすぎなかった。
 ~(2)に続く~

2009年10月18日 (日)

教育実習生(最終回)・・・最後の教育実習

 絵里子はいつものように陽光で気持ちよく目を覚ました。だが、今日はいつもと違って、ちょっと寂しい気分であった。なぜならば、教育実習生活も今日が最終日であり慣れ親しんだ生徒達や学校ともお別れだからだ。この教育実習期間中に顕在化し気付かされた密かな楽しみでありストレス解消にもなっていたフェチな遊び・・・それに、妹との「秘密」の遊びとも上京し大学に戻るとできなくなるだろう。
 
 今日は実習生と生徒・先生方とのお別れの日ということで、授業は半日しか組まれておらず、送別会イベントがメインとなっている。いつものように、絵里子はグレーのスーツに着替えた。最後の日ということで、親からもらったスーツが無事のまま帰宅する自信は、今の絵里子には無かった。
 この実習期間中だけでも2回ほど泥だらけになってクリーニングに出している。1度目は、おろしたばかりの教育実習初日、2度目は、数日前に妹との秘密の遊びをしたときだ。このスーツは、おろし立ての頃の生地の張りはなく、なんとなく染みがスーツ全体についているような気もしていた。親から買ってもらったスーツで大切に着ていきたいとは思うが、この先長くは着ていく事はできないだろうと感じている。

 学校には黒のスーツと濃紺のリクルートスーツを置いてある。当然、今日で最後なので全て持ち帰ってくる事になる。いつもは更衣室で黒のスーツに着替えるのだが、うっかり着替えずにグレーのスーツのままでいた。今日が最終日ということが頭から離れず寂しさで、感傷的な気持ちに浸っていた。

 最後の実習授業を終え、生徒達から「絵里子先生、ありがとうございました!」と声をかけられると胸に熱いものを感じ目が潤んできた。心の中で、「(みんなと過ごすのもあと半日。悔いの無いように残りの時間を密度の濃いものにしたい。)」と感じた。
 昼食後は授業はなく送別会である。絵里子以外の実習生数名もスーツ姿で全校生徒の前に座っている。生徒達の歌や短い演劇などの色々な出し物を楽しく見物した。心温まるプレゼントをもらい絵里子はまた涙を流した。担当クラスの記念集合撮影を撮ったり、女子も男子も問わず生徒からツーショット写真の撮影をせがまれ、その全てに快く応じた。
 送別会イベントも終わり、クラスに戻るといよいよ本当にお別れとなった。担任の教師、生徒達も一人一人お別れの言葉を述べていった。その中に、彩香という女生徒がいた。いつだか雨の時に絵里子が傘を差しだした生徒だ。
 「絵里子先生、あの時は傘を貸してくれてありがとうございました。これ、あの時借りた傘です。今まで返すの忘れていてすみませんでした・・・。」 傘と一緒に可愛らしい薄黄色の封筒が一緒に添えられていた。

 お別れの言葉を生徒達が述べ終わると、最後に絵里子が挨拶をした。抜き打ちの防災訓練に始まった教育実習生としての生活は、短い期間であったが密度の濃い時間を生徒達と過ごすことができた。着衣水泳教室のことや放課後に女子ソフトボール部の部員達の指導を、顧問教師の下でおこなったことも良い思い出となった。高校時代以来、久しぶりのソフトボールを生徒達と楽しんだ。そういった事を思い出しながら生徒達の前で話していると、また胸が熱くなった。

 絵里子が最後の挨拶を終えると、厳しくめったに褒めてくれたことのない担任の教諭からお褒めの言葉をもらった。
 めったに人を褒めない人間からの承認は、自分を贔屓目に好意的に評価してくれる人間の賞賛よりもはるかに価値があるように思えた。そして、日直の号令により形式的には全てが終わった。

 絵里子は、職員室で忘れ物が無いように確認し帰り支度をすると、先ほど彩香という女子生徒から手渡された封筒の中身を見た。女の子らしい可愛い文字で次のような文章が書かれていた。


 ---今日で絵里子先生とお別れするのは寂しいです。部活の面倒もみていただきありがとうございました。最後に私たちソフトボール部のメンバーと一緒に少しだけプレーして下さい。---


 絵里子は荷物をまとめるとそれらを一つの大きなバックの中に詰めた。そして、女子ソフトボール部が練習を行っている裏のグラウンドに行くと風が強く吹いていた。砂埃が舞って大変だったのだろう、案の定、スプリンクラーを作動させてグラウンドには水がまかれていた。
 スプリンクラーの水の出口近辺にはどうしても水たまりができてしまう。ホームベースとファーストベース周辺には水たまりが出来ていて赤土がぬかるんでいた。部長がスプリンクラーを止めると練習開始の合図をした。風は相変わらず強く吹いているが、砂埃が舞うこと無く、落ち着いて練習に打ち込める環境になったようだ。

 今日は顧問の先生が不在で、3年生の部長が主導的に練習の指示を与えているようだ。しばらく、見納めとなるソフトボール部の練習風景を感慨深く眺めていたが、2チームに別れて紅白戦をやるときになると、部員達みんなに催促されて一方のチームに加わることになった。当然、ユニフォームなど持っていないのでグレーのスーツ姿でやることになった。

 絵里子としては、ぬかるみのできたグラウンドでプレーができる事となって願ったりの状況となったが、心の中では「あの場所」で一人心ゆくままに泥んこ遊びをしおうと思っていた。
 ここで、生徒達の前では泥だらけになったスーツ姿をさらけだしたくはないとも感じていた。プレー中は、転んだり、泥はハネが飛ばないように気を付けて守備や打席にたっていた。そのようにして、プレーに集中できていない絵里子の様子を生徒たちは当然気付いていた。しかし、スーツを汚してはいけない絵里子の立場を理解しており心配そうに眺めていた。

 回は押し迫り、9回裏2アウト2塁で絵里子の打順が回ってきた。今1点差で、絵里子が属す白組が負けている。2累ランナーと絵里子自身がホームベースを踏めばサヨナラ勝ちだ。
 遊びとはいえ、勝ちに拘りたい。そういった姿勢も部員達への置き土産として残していかねばならないと絵里子は感じていた。だから、自分が最後のバッターとなるわけにはいかない。相手チームのピッチャーの初球を見事に捉えた。風が強いせいもあり打球は意外にのび、センターオーバーだ。2塁ランナーは悠々ホームに帰り同点。絵里子はボールを捉えた瞬間、「高校時代モード」へとスイッチが入れ替わった。自分がスーツ姿であること・・・ホームベースから1塁ベースまでの間が、先ほどのスプリンクラーでぬかるみとなっていることは、もはや頭から消えていた。
 もしかしたら、ランニングホームランになるかもしれないという直感から、全力で走っていた。
 
 2塁をベースへとさしかかる時もまだセンターはボールを後追いしていてまもなく追いつこうかという状況であった。「(微妙・・・!)」と絵里子は心の中で思った。そして、走りながら、デジャブのような感覚に陥った。

 高校時代、ソフトボール部で鍛え県大会準決勝戦までいった経験のある絵里子だった。自分がホームを踏めば逆転でサヨナラになるという経験をしていたことがフラッシュバックされた。
 ・・・あの時は、雨の中の試合だった。ぬかるんだホームにヘッドスライディングをし、きわどい判定だったが、無情にも判定はアウト。そして、その一件でチームは落胆し延長戦になってすぐに相手に大量失点を許し、その裏に追いつくことができず結果的に惨敗してしまったという記憶が甦ってきた。母親に洗濯してもらったばかりの真っ白なユニフォームを着て試合に臨んだのだが、ユニフォームを泥だらけにして惨めな思いだった。

 今も状況は似ていた。2アウトで自分がホームを踏みセーフであればサヨナラ勝ちという状況。今、絵里子は久しぶりの全力疾走でダイヤモンドを駆け抜けている。3塁へ向かう途中、横目でセンター方向を見た。何の根拠もなく勘であるが、間に合いそうだ!・・・と感じていた。
 グレーのスーツ姿でぬかるんだグラウンドを走る絵里子の姿に敵味方どちらのチームのメンバーも釘付けだ。3塁ベースをまわり徐々にホームが近づいてくる。ホームベースを普通に走り抜けるだけで悠々逆転できそうに感じていた。

 しかし、3塁ベースをまわり3分の1くらい走り終えた頃、左目でかすかに白球が見えたので絵里子は焦った。「あっ!」センターは強肩の持ち主らしかった。ぐんぐんとボールがホームに伸びてくるのを感じた。
 絵里子とボールとどちらが先か・・・。絵里子の眼前には泥でぐちゃぐちゃとなったバッターボックスやホームベースが迫っていた。
 
 中学・高校と6年間慣らした体だ。体にしみついたものは体がそう簡単には忘れない。気がつくと、条件反射行動の成りの果て・・・の状態にあった。
 目の前に泥だらけのホームプレートとそこに伸びた自分の両手があった。下に目をやると粘着質の赤土のぬかるみだった。そして、スーツ越しに体全体に柔らかく生温かいものを感じた。少しの間、さっきまでの活気がなくなり静けさが周囲を包んだ。

 まもなく、白組みのメンバーが近寄ってきたが、みんな笑顔の中にも哀れみの表情も入り交じっているようだ。向こうからも紅白戦には参加せずグラウンドの脇で見学していた彩香も近づいてきた。ピッチャーである彩香は右肘に違和感があったため今日は大事をとって部活の練習は見学していたのだった。
 「ごめんなさい、絵里子先生・・・。私が誘ったばかりにこんなことになってしまって・・・」
 「彩香ちゃんのせいじゃないわよ。気にしないで。」と言い終わらないうちに、紺の襟に白の3本線の入った長袖のセーラー中間服に紺のミニプリーツスカートという制服姿の彩香は、何を思ったのか3塁ベースまで走って行った。スカートをひらひら揺らしながら走っていく後ろ姿が可愛い。
 「先生!見て!みんなも見て!」と言うなり、ホームに向かって全力で走り始めた。そして、なんとヘッドスライディングをした。みんな、唖然として彩香の方を眺めている。彩香はなぜか満面の笑みで満足げである。
 「絵里子先生、私も先生と同じ!泥だらけになっちゃいました。(笑)」
 「彩香ちゃん、なんでそんな事したの?」
 「私のせいで先生のスーツ泥だらけにしてしまったから、その罪滅ぼしにと思ったんです。それに、一度卒業前にセーラー服で泥んこの中でヘッドスライディングしたいなって思っていたんです。中学時代の思い出にと・・・。でも、先生が今日、偶然こんなになってしまって、先生の泥だらけのスーツ姿を見ていて、なぜか分かりませんが・・・勝手に体が動き出してしまって・・・。」
 と言う彩香は泥だらけになった自分のセーラー服を見て、この後どうすれば良いのかと考えているらしく、困惑の表情を見せていた。しかし、絵里子は、彩香の目が喜びに満ちている事を見逃さなかった。
 さらに、彩香がセーラー服で泥だらけになった自分の状況に対し、実は快感を味わっているという事を、
絵里子は、嗅覚的に察知した。

 絵里子は彩香という生徒の言動に自分と同じ「におい」を感じたのだ。
 今日でみんなとはお別れだが、この彩香とは、いつの日か「フェチ」という名の運命の糸に引き寄せられて、偶然どこかで再会することになろう事を直感していた。 
(完)

2009年10月 3日 (土)

教育実習生(8)・・・懐かしい感覚

 日差しの眩しさに絵里子は目を覚ますと、起き上がって体を伸ばしながらカーテンを開けた。窓から外を眺めると、道には水たまりができていた。どうやら、雨は明け方近くまで降っていたらしい。ふと・・・昨日の出来事が頭の中に甦ってきた。着衣水泳教室のこと、帰宅時に雨に打たれたこと、そして背中やお尻部分を泥はねで汚してしまった事を。

 1階に降りてシャワーを浴びた後、台所へ向かい母親と二人で朝食をとった。いつものことだが、絵里子が起きる1時間以上前に、父親は会社、妹は大学の授業に出席するためにそれぞれ家を出ている。したがって、昨日の夜、妹のクローゼットから持ってきたリクルートスーツの事がバレない事は計算済みであった。朝食を済ませると、早速そのチャコールグレーのリクルートスーツに着替えると、クリーニングに出す袋に入った2着のスーツを持ち、いつもより30分程早く学校へと向かった。
 途中、クリーニング屋さんに寄っていくためだ。店主のおばさんには「昨日の夕立で私も妹もスーツが濡れてしまった」という口実でクリーニングの依頼をした。今日の夕方には数日前に出してあったグレーのスーツが戻ってくる事も確認した。

 学校に到着すると、いつもの条件反射で更衣室に行ってしまったが、今日は自習用に着用していた黒のスーツに着替える必要はない。今日は妹から黙って借りてしまったチャコールグレーのリクルートスーツだ。昨日の夜、羽織ったときは感じなかったが、今こうして着ていると、自分の体にもぴったりであった。つまりは、絵里子と妹は体がほとんど同じくらいでお互いの服を借りて着ても自分の服のようにフィットするということを意味していた。

 今日は淡々と授業だけをこなしていくだけだった。さすがに妹のリクルートスーツを濡らしたり汚したりするわけにはいかないので、逆に何かイベントがあっては大変だ。
 昨日から今日の明け方までは雨が降っていたらしいが、今日は朝からは雲一つない良い天気だった。昨日のように雨に降られてしまって、また「不思議な感覚」が目覚めてしまっては妹のリクルートスーツが無事のまま帰宅できる保証は今の絵里子には無い。

 教育実習は佳境に入り、毎日、帰宅前にその日の授業等の指導報告書を書くという作業もあと数回で終わる。今日もいつものように報告書を作成し英語科担当主任と、受け持ちクラス担任の教師に確認をしてもらいサインをもらうと帰宅の途についた。

 校門を出ると自宅とは反対方向に向かった。クリーニング屋さんに寄って仕上がっているはずのグレーのスーツを受け取りに行くためだ。店にいくとおばさんが暇そうに座っていた。グレーのスーツを受け取りにきたことを伝えると、おばさんは、
 「さっき、留守番をさ、主人に頼んでいる間に家族の方が受け取りにいらしたみたいよ。」
 「まさか。母親が来たんですか?」
 「さあ、誰がいらしたのかは聞いていないけど、他人じゃなくて家族の方なのは確かよね。伝票は無くしたと言っていたらしいけど、名前とか住所とか預けたものをちゃんと聞いて、お代もいただいてるようだから。」
 「そうですか・・・。」
 絵里子は、何か腑に落ちないというか、不思議に感じた。
 「あっ、そうそう、今朝預かった2着のスーツ、今さっき仕上がったわよ。今日はお客さんがほんと少なくてね。(笑)早くできたの。」
 「本当ですか!ありがとうございます。」
 今朝預けたスーツがもう仕上がってくるとは思いがけない副産物であった。

 学校に置いておく黒のスーツと、行き帰りに着ていくグレーのスーツを含め自分のスーツが手元に3着戻ってきたことになる。絵里子の頭の中に、ふと悪戯が思い浮かんできた。

 「(明け方まで雨だったんだから、きっと「あの場所」はすごいことになってるかも。クリーニング仕立ての濃紺リクルートスーツに着替えて・・・)」 興奮して鼓動が早くなってきた。なんとか理性で気持ちを抑え、まずは「あの場所」を確認してから行動に移そうと心を落ち着かせた。クリーニングから戻ってきた2着のスーツをビニールカバーの中に入れて手に持った絵里子は妹のリクルートスーツ姿で歩き出した。

 「あの場所」が徐々に見えてきた。案の定、雨の後ということで一面ぬかるみや水たまりができていた。ここから直ぐ近くのスーパーのトイレに行って、クリーニング仕立ての濃紺リクルートスーツに着替えて来ようと・・・思い始めていた。それにしても、いい具合のぬかるみである。
 絵里子はじばらくその光景をじっと見つめていると、今にもこの格好のまま泥の中に飛び込んでいきそうな気持ちになった
。しかし、妹のリクルートスーツを泥だらけにするわけにはいかないという罪悪感で絵里子の心は葛藤していた。

 「やっちゃえば!」という声が聞こえてきた。もう一人の絵里子の心の中の声か?
 「やっちゃおうよ!」とさらに大きな声が聞こえ、絵里子は、はっとして後ろを振り返ると心臓が止まりそうなほど驚いた。。
 そこには何と妹の絵理香が立っていた。
 「・・・ど・・・どうしてここにいるのよ?」
 「私、お姉ちゃんの秘密知ってるの。教育実習の初日・・・。それに昨日も、ハイヒール汚れてたでしょ。」
 「あっ、まさか!」
 「実習初日に、お姉ちゃんがここで泥だらけになっているのを、偶然見つけて、あそこからずっと観ていたの。」
 「・・・。」
 「昨日だって玄関にあったヒールがちょっと汚れてたし。それに、自分の部屋に入ってクロゼットを誰かが開けたってすぐに気が付いたわ。中をみたら私のリクルートスーツがなくなっていたから・・・。」
 「全部知ってたのね・・・。このことは・・・。」
 「大丈夫よ、お父さんにもお母さんにも言わないわよ。そう言えば、私たちがまだ小さくて、ここがまだ公園だった時、お姉ちゃんと一緒によく泥んこ遊びしたよね。一緒の場合もあったけど、大抵は、お姉ちゃんの【腹いせ】で私の服だけ泥だらけにされて、お母さんに怒られたわ。」
 先ほどは、あまりにも突然の出来事でびっくりして、妹の着ているものに目がいかなかったが、今、じっと観てみるとグレーのスーツ姿だ。
 「あっ、そのスーツ私のじゃない!クリーニング屋さんに行ったのって・・・。」
 「うん、私よ。お姉ちゃんだって人のを勝手に着てるでしょ?それに、今さっき泥だらけになろうとまで考えたりしてたでしょ。」
 「・・・。」
 「お姉ちゃんが最近買ってもらったばかりのこの大切なスーツ姿で泥だらけになろうかな。お母さんに怒られるかな?」
 「【腹いせ】のつもり?」
 「やだ、私のこと、そんな妹だと思ってる?」 
 絵里子は絵里香の目をみた。すると、視線は眼前のぬかるみに落ちていた。
 「【腹いせ】だなんてさっき言ったけど、そんなの今となってはどっちだっていいわ。そんなことより、私は、お姉ちゃんと一緒に泥んこ遊びしたあの時から・・・既に・・・。」
 「あの時から、何?」
 「みんなに内緒で、私一人だけで・・・時々、今でも・・・こんなことして遊んでるの。スーツでやるのは今日が初めてだけどね!」
 「あっ、絵理香!」
 遅かった。絵理香はクリーニング仕立てである絵里子のグレーのスーツ姿で既にぬかるみの上でうつ伏せになっている。スーツの背中やお尻は埃一つなく綺麗だが、スーツの前がどんな状態になっているのかを想像すると恐ろしくなった。恐ろしいと同時に、絵理香の事を羨ましく感じ、徐々に胸が高鳴ってきた。そして・・・。

 「早く!おねえちゃんも、私と一緒にやっちゃおうよ!昔のように・・・。今まで誰にも言えなかったけど、お姉ちゃんも私と一緒なんだって最近知って嬉しかった・・・。今日まで言えなかった。」
 絵里子も妹のチャコールグレーのリクルートスーツを泥だらけにするまでに、さほど時間はかからなかった。お互い相手のスーツを着合って泥んこ遊びに興じている。絵里子も絵理香も10年以上前にタイムスリップしていた。お互い「自分だけの秘密」と思っていたが、こんな身近なところに秘密を共有できる相手がいた。
 
 相手が着ている「自分の」スーツや顔に泥を塗りたぐり合ってはしゃいでいる。そして、うつ伏せになったり仰向けなったりして、おもいっきりスーツを泥だらけにしていった。二人とも今までに経験したことがないほど全身泥だらけになっている。
 タイトスカートとジャケットの境目がもはや分からないほどスーツは泥だらけになっていて、お互いの顔や髪の毛にも泥が付いている。後で蛇口からの出した水でお互いの汚れを綺麗に落とし合うことができる事を知っていた。

 「・・・懐かしい感覚だね。絵理香。」
 「うん。」
 過去の感覚を共有し合う二人にとって言葉はそれ以上必要なかった。これからも時々、こんな遊びを二人でしていくことになるだろう。直感的にそう感じ合っていた。
~(最終回)へ続く~

2009年9月24日 (木)

教育実習生(7)・・・明日だけでいいから

 絵里子はずぶ濡れになった黒のスーツ姿で帰宅した。両親や妹はまだ帰宅していないらしい。
 鍵を開けて玄関に入り施錠をすると、自分の部屋へと飛び込んでいった。スーツの背中やお尻には泥はねがたくさん付いているだろうと予想はできるが、実際どんな具合なのかは分からない。びしょ濡れになった濃紺のリクルートスーツが入った袋を無造作に机の傍らに置くと、鏡で自分の姿を確認してみた。・・・泥はねどころではなかった。泥はねが重なり合ってジャケットの背中もタイトスカートのお尻から太股の辺りまでは泥を塗りたぐられたかのように一面茶色に染まっていた。どれほどはしゃぎまくったのかが伺い知れる有様であった。絵里子は想像以上の汚れに唖然とした。急いでお風呂場にいきシャワーを浴びながら泥汚れを必死に落とした。そして、ジャケットとスカートを脱いで丹念に汚れている部分を綺麗に洗い流した。

 思いのほかスーツが汚れていて、慌てて部屋からお風呂場に駆け込んできた為に、うっかり着替えを持ってくるのを忘れてしまった。いくら自宅で家族が誰もいないといっても、丸裸で2階の自分の部屋までいくのはちょっとためらいがあった。
 なぜならば、2階へ向かうそのほんの数十秒の間に家族が帰ってくる可能性だってあると感じたからだ。客観的に考えれば絵里子の懸念が具現化する可能性はかなり低い。しかし、人間、自分が嫌な状況に置かれていると物事をマイナスに考えてしまうもので、今の彼女はまさにそうであった。

 綺麗に洗った黒のスーツをもう一度身に纏い、バスタオルでスーツの水分を可能な限り吸収させた。それでもまだびしょ濡れになっていると一目で分かるほどだ。廊下に水滴を垂らさずに2階に辿り着ける程度までなんとかスーツの水分を吸収し、急ぎ足で2階へと向かった。家の構造上、2階に行くには玄関前を通っていく必要があった。まさか、そのほんの数十秒の間に家族が帰ってくることなんてないだろうと思ったが、いざ玄関前にたどり着く間と、階段を上りきるまでは、心臓がドキドキしていた。
 何事もなく2階にたどり着くと、スーツの上下とブラウスを脱ぎ、次にパンストを脱いだ。パンストは乾かしても使いものにならないと判断しゴミ箱に捨てた。そして、タオルで体を丁寧に拭き下着を取り替えると、とりあえずTシャツとキュロットスカート姿になった。あとでお風呂に入ってパジャマに着替えるつもりだ。
 今脱いだ黒のスーツ一式を着衣水泳でびしょ濡れとなった濃紺リクルートスーツが入っているビニール袋の中に入れた。これらのスーツは、明日クリーニングに出すより他に仕方がない・・・。

 今、絵里子の頭を悩ましている問題は、明日着ていくスーツが無いということだ。自分のスーツは3着あるが2着はびしょ濡れ状態で、1着はクリーニング中だ。なんとかしなくては・・・と、考えながら、飲み物を取りにキッチンに行こうと自分の部屋を出た。真っ正面にある妹の部屋のドアを見ると、アイデアが閃いた。
 「(私と同じように大学の入学式の時のスーツがあるはずだわ。就職活動はまだ先だし、当面着ないだろうから、ちょっと借りてあとでそっと返しておけば分からないわよね・・・。)」

 絵里子は妹のいない部屋の中に入ると、相変わらず全てが綺麗に整理整頓されていることに感心した。ふと机の上にある数冊のファッション雑誌が目に入った。その中の1冊が自分の部屋にあったものだと気が付いたが、その事については、しばらく妹を問いつめない方が良いと思った。

 妹が帰ってきて見つかってしまっては話しがややこしくなる。急いでクローゼットの中からスーツを探し出して持ち帰ろうとした。パネルドアを開けると、これまた綺麗に洋服が整理されていた。そのおかげで、スーツなどフォーマル系の衣装が右奥に収納されていることが一瞥して分かった。どうやらスーツは1着しか持っていないようだった。チャコールグレーのリクルートスーツだ。7号でサイズは絵里子と同じだった。ただメーカーによって若干ウエストや身幅等が異なるのだが、今は細かいことを気にしてはいられない。とにかく明日着ていくスーツを確保することが優先だ。クリーニング後のそのままの状態で保管しているのだろうか、ビニールカバーがついたままだ。急いでクローゼットからスーツを取り出した。

 何事もなかったかのように自分の部屋へと戻るとビニールカバーをはずし、ジャケットとスカートが揃っているかを確認した。保管状態がよいらしくスーツには虫食いもカビもなくクリーニング仕立てそのものだった。黒に限りなく近いチャコールグレーのリクルートスーツだ。
 
 「(明日にはクリーニングに出してあるスーツが戻ってくるから、明日1日だけでいいから、このスーツを借りればなんとかなるわ・・・。クリーニングに出して元の場所に戻しておけば大丈夫・・・。)」
 
 万一、妹が部屋に入ってきてもいいように、妹のリクルートスーツとビニールカバーを自分のクロゼットの奥の方にしまった。そして、バスタオルを持って鼻歌を歌いながら階段を下りていった。 
~教育実習生(8)へ続く~

2009年9月17日 (木)

教育実習生(6)・・・ 着衣水泳教室【後編】

 着衣水泳教室は終わった。生徒や教師達が全員ずぶ濡れでプールサイドにいる光景は異様である。絵里子も全身びしょ濡れとなった濃紺のリクルートスーツ姿で更衣室へと向かった。
 ここ数日、絵里子はスーツ姿でびしょ濡れになりたくても、帰宅時には雨が止んでしまったりしてなかなか願望を実現できなかった為、今日は存分に着衣水泳を楽しんだ。「ウェット」がやっと実践できたことで溜まっていたストレスも解消でき満足であった。

 生徒達が着替え終わったプール内の女性用更衣室で、他の女子教習生と一緒に雑談しながら着替えはじめた。他の教習生はジャージやハーフパンツ姿からスーツへと着替えていくが、絵里子だけ濡れたリクルートスーツから、黒のスーツへと着替えていく。さすがに下着やパンストだけは着替えを持ってきており、乾いたものに替えた。

 教室に戻ると生徒達はみんな帰りのホームルームの支度をしていた。担任が連絡事項等を伝えると、帰りの号令を日直がかけた。中には部活動に参加する者、中には帰宅する者、みんなちりぢりになっていった。
 絵里子は、今日のレポート作成など教育実習の報告書を作成しなくてはならないので、職員室に行き自分の机で作業をしていた。すると、外から「ザーザー」という音が聞こえてきた。夕立だ・・・。この前の教育実習初日の出来事を思い出した。
 「もし、今日、着衣水泳教室がなければ、雨に濡れて帰れたのに・・・。」と心の中で思った。濃紺のリクルートスーツはさっきびしょ濡れになり、グレーのスーツはクリーニングだ。だから、今着ている黒のスーツで数日間ずっと過ごさなくてはならない為、さすがの絵里子も、このスーツは濡らしてはいけないと心得ていた。
 
 レポートを書き終えても雨は止んでいない。本降りだ。
 濡れた濃紺のリクルートスーツ一式が入ったビニール袋を持って玄関へ行った。カバンの中から折りたたみ傘をだして広げた。すると、校舎の玄関の脇で雨を眺めている女子生徒がいた。絵里子の担当クラスの生徒だ。
 「どうしたの?」
 「あっ、絵里子先生。・・・傘を忘れてしまって、止むのを待ってるんですけど・・・・。塾の時間に間に合わなくなっちゃう・・・どうしよう・・・。」
 女子生徒は今にも泣きだしそうであった。絵里子はそんな女子生徒を前に自分だけ傘をさして帰るわけにはいかない。

 しばらく考えたあげく、絵里子は笑顔で女生徒に自分の折りたたみ傘を差しだした。
 「はい。これ使って。」 
 「ありがとう。でも絵里子先生は?」
 「・・・私の事は心配しないでいいのよ。職員室にね、予備でもう一本折りたたみ傘があるから。あっ、早く行かないと塾に遅れちゃうわよ!」
 「あっ、はい。ありがとうございます!」
 女子生徒は絵里子にお礼を言うと、傘をさして駆け足で去っていった。

 絵里子は女子生徒を目で見送った。生徒が見えなくなると、雨の中、傘をささずに歩き出した。
 もう一本傘があるというのは嘘だった。女子生徒に余計な心配をかけないために、とっさに思いついた嘘だ。いまにも泣きそうな女子生徒を何とか助けてあげたいという思いと・・・突然心の奥底から涌きだしてきた「雨に濡れて帰りたい」という両方の思いからの行動であった。
 今着ているこの黒のスーツを濡らしてしまったら、明日着ていくスーツに困ることは明白であったが、絵里子は心から沸き上がる感情を抑えることができなかったのだ・・・。

 徐々に濡れていく黒のスーツ。教育実習が始まってこの2週間ずっと学校で着ている。ロッカーの中に置いたままで、当然クリーニングにも出していない。その為か、スーツの撥水効果はほとんど無くなっていた。
 最初のうちは雨をはじいていたが、徐々に、はじかなくなると中に雨がしみ込み始めてきた。さすがに、このスーツを着たまま長いこと雨に打たれるわけにはいかないと思い、走り始めた。走れば家までは2分もあれば十分な距離だ。

 途中、「あの場所」の前へときた。昔は公園で今は更地となっている造営中の所だ。そう、実習初日の帰りにおろし立てのグレーのスーツで泥だらけになった場所である。
 絵里子は、雨に打たれながらしばらくその場所に立ちつくしている。立ち止まっているせいもあり、雨が真上からダイレクトに降り注ぎ、髪や顔を滴り、その全てがジャケットやブラウスへと流れ込んでいく。気付くとタイトスカートもびしょ濡れになっていた。

 「(やっちゃおう・・・)」と絵里子は思った。あの日以来、一旦心の中に火がつくとどうにも止まらなくなってしまう。
 「パシャー」
 絵里子は泥の水たまりの中にハイヒールを履いたまま飛び込んだ。そして、その場で何度繰り返し飛び跳ねた。まるで子供が喜んで水たまりの中ではしゃいで遊んでいるかのように・・・。
 そして、雨の降る中、泥の水たまりの中で駆け出した。泥の水はねが飛び散るように、わざと足を後ろに強く蹴り上げながら・・・。絵里子には当然、後ろは見えなかったが、きっとタイトスカートやジャケットの後ろには泥はねがいっぱい付いているだろうことは感じていた。

 教育実習初日には、おろし立てであれほど綺麗だった黒のスーツ。しかし、今はずぶ濡れで、スーツの後ろには泥はねが飛び散っている。気のおさまるまで水たまりで遊んだ後、自宅へとゆっくり歩き始めた。
 平静を取り戻しつつあった今、絵里子は、スーツがこんなになってしまい・・・事の重大さに気付かされるのであった。 
~教育実習生(7)へ続く~