雨の中のグラウンドで…(2)
雨の中のグラウンドで・・・(1)を読む
今日の面接のためにクリーニングしたばかりだからか、リクルートスーツは雨をはじいて水滴となって生地についている。
しかし、長時間雨の中で濡れたままだと、さすがに撥水効果がなくなりびしょ濡れとなってしまう。リクルートスーツを濡らすわけにはいかないと思い、絵里子は部室に戻ろうと腰を上げようとした。
いまさっきまで筋トレをし始めたばかりの部員たちは、足早に部室や雨宿りができる大木の下へと小走りで移動していた。
絵里子は、ふとグラウンドを見ると驚きの光景を目にする。
「(えっ・・・。うそでしょ!)」
ライバルである1年生の幸恵だけが、この雨の中、上下白の練習用ユニフォームを泥だらけにしながらグラウンドで、筋トレを続けていた。泥でユニフォームを汚すことが、頑張っていることの証であるかのごとく淡々と打ち込んでいた。
絵里子は、その光景を何とも言えない思いでベンチに座りながら眺めていた。
雨が次第に強くなり始め、スーツの生地に雨がしみこんで濡れていくのを感じ、部室に早く移動しなくてはと思った。
しかし、幸恵の行動が、自分に対する挑戦状、もしくは、自分のレギュラーポジションを奪いとろうとする強い意志にも感じ取れ、なぜか、その場を離れられずにいた。容赦なく雨はリクルートスーツを濡らし続ける。
「おーい! 絵里子。幸恵。なにやってるんだ。雨が強くなってきたから一旦あがれ!」
その顧問の先生の声を振り切るかのように、絵里子は、立ち上がると部室とは反対方向に歩き出した。そして、幸恵から一定の距離を置いたところに立つと、ずぶ濡れのリクルートスーツ姿を見下ろし、意を決したかのようにぬかるんだグラウンドに手をついた。
その様子を見た幸恵は一瞬、驚きの表情をうかべた。先輩である絵里子の行動に並々ならぬ根性を感じ取ったはずだ。
雨でぬかるんだグラウンドでパンプスを履いている絵里子は、腕立てを始めようとするが、一回目で滑ってしまいグラウンドにうつ伏せになってしまう。スーツ越しに地面から冷たいものを感じた。そして、背中には強い雨が打ち付ける。
スーツが汚れるのを気にしていないことを幸恵に見せつけるかのように、何度も腕立てをしては、休む時は、わざとうつ伏して肩で息をした。
腕立ての1セット目が終わると立ち上がり、次の腹筋へと移ろうとした。その時、リクルートスーツの前面が目に入ったが、思いのほか汚れていなかったので、少しだけほっとする。
お尻を地面につけて座り、腹筋に取り組み始めた。背中が地面につくたびに泥水がピシャという音を立てた。
雨が強くなり、しばらく雨にさらされていると泥汚れが洗い流されるほどになってきた。
腹筋の次は背筋だ。うつ伏せとなって顎を上に可能な限りあげようとするが、スーツを着ているせいもあり、思うように上がらない。形だけの背筋になってしまう。しかし、幸恵の手前、自分だって雨の中がんばっていることをアピールしたい気持ちだった。
うつ伏せとなった時に、リクルートスーツを地面にこすり付けるように少し体を動かした。それを何度か繰り返し、背筋の1セット目も終えた。
立ち上がった時のスーツの汚れ具合は先ほど腕立て伏せをした時と比べ物にならないほど汚れてしまった。
次はダッシュである。就職活動用のパンプスなので、ヒールは低いとはいえ走りずらい。いつもよりもかなりゆっくりと走った。
何セットかダッシュを繰り返し終えるころには、先ほどまでクリーニング仕立てであれほど綺麗だったリクルートスーツが、全身ずぶ濡れの上に、所々、泥で汚れてしまっていた。
「(これから、どうしよう・・・。)」
今となっては、絵里子は、幸恵に対する意地から、こんなことになってしまったことを後悔していた。
しかし、今更遅かった。 開き直った絵里子は、さらに筋トレを続けた。
ダッシュの次は、このひどい雨に打たれながらの遠距離ランニングだった・・・。 (完)
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