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カテゴリ「ウェット・ストーリー」の76件の記事 Feed

2009年10月 3日 (土)

教育実習生(8)・・・懐かしい感覚

 日差しの眩しさに絵里子は目を覚ますと、起き上がって体を伸ばしながらカーテンを開けた。窓から外を眺めると、道には水たまりができていた。どうやら、雨は明け方近くまで降っていたらしい。ふと・・・昨日の出来事が頭の中に甦ってきた。着衣水泳教室のこと、帰宅時に雨に打たれたこと、そして背中やお尻部分を泥はねで汚してしまった事を。

 1階に降りてシャワーを浴びた後、台所へ向かい母親と二人で朝食をとった。いつものことだが、絵里子が起きる1時間以上前に、父親は会社、妹は大学の授業に出席するためにそれぞれ家を出ている。したがって、昨日の夜、妹のクローゼットから持ってきたリクルートスーツの事がバレない事は計算済みであった。朝食を済ませると、早速そのチャコールグレーのリクルートスーツに着替えると、クリーニングに出す袋に入った2着のスーツを持ち、いつもより30分程早く学校へと向かった。
 途中、クリーニング屋さんに寄っていくためだ。店主のおばさんには「昨日の夕立で私も妹もスーツが濡れてしまった」という口実でクリーニングの依頼をした。今日の夕方には数日前に出してあったグレーのスーツが戻ってくる事も確認した。

 学校に到着すると、いつもの条件反射で更衣室に行ってしまったが、今日は自習用に着用していた黒のスーツに着替える必要はない。今日は妹から黙って借りてしまったチャコールグレーのリクルートスーツだ。昨日の夜、羽織ったときは感じなかったが、今こうして着ていると、自分の体にもぴったりであった。つまりは、絵里子と妹は体がほとんど同じくらいでお互いの服を借りて着ても自分の服のようにフィットするということを意味していた。

 今日は淡々と授業だけをこなしていくだけだった。さすがに妹のリクルートスーツを濡らしたり汚したりするわけにはいかないので、逆に何かイベントがあっては大変だ。
 昨日から今日の明け方までは雨が降っていたらしいが、今日は朝からは雲一つない良い天気だった。昨日のように雨に降られてしまって、また「不思議な感覚」が目覚めてしまっては妹のリクルートスーツが無事のまま帰宅できる保証は今の絵里子には無い。

 教育実習は佳境に入り、毎日、帰宅前にその日の授業等の指導報告書を書くという作業もあと数回で終わる。今日もいつものように報告書を作成し英語科担当主任と、受け持ちクラス担任の教師に確認をしてもらいサインをもらうと帰宅の途についた。

 校門を出ると自宅とは反対方向に向かった。クリーニング屋さんに寄って仕上がっているはずのグレーのスーツを受け取りに行くためだ。店にいくとおばさんが暇そうに座っていた。グレーのスーツを受け取りにきたことを伝えると、おばさんは、
 「さっき、留守番をさ、主人に頼んでいる間に家族の方が受け取りにいらしたみたいよ。」
 「まさか。母親が来たんですか?」
 「さあ、誰がいらしたのかは聞いていないけど、他人じゃなくて家族の方なのは確かよね。伝票は無くしたと言っていたらしいけど、名前とか住所とか預けたものをちゃんと聞いて、お代もいただいてるようだから。」
 「そうですか・・・。」
 絵里子は、何か腑に落ちないというか、不思議に感じた。
 「あっ、そうそう、今朝預かった2着のスーツ、今さっき仕上がったわよ。今日はお客さんがほんと少なくてね。(笑)早くできたの。」
 「本当ですか!ありがとうございます。」
 今朝預けたスーツがもう仕上がってくるとは思いがけない副産物であった。

 学校に置いておく黒のスーツと、行き帰りに着ていくグレーのスーツを含め自分のスーツが手元に3着戻ってきたことになる。絵里子の頭の中に、ふと悪戯が思い浮かんできた。

 「(明け方まで雨だったんだから、きっと「あの場所」はすごいことになってるかも。クリーニング仕立ての濃紺リクルートスーツに着替えて・・・)」 興奮して鼓動が早くなってきた。なんとか理性で気持ちを抑え、まずは「あの場所」を確認してから行動に移そうと心を落ち着かせた。クリーニングから戻ってきた2着のスーツをビニールカバーの中に入れて手に持った絵里子は妹のリクルートスーツ姿で歩き出した。

 「あの場所」が徐々に見えてきた。案の定、雨の後ということで一面ぬかるみや水たまりができていた。ここから直ぐ近くのスーパーのトイレに行って、クリーニング仕立ての濃紺リクルートスーツに着替えて来ようと・・・思い始めていた。それにしても、いい具合のぬかるみである。
 絵里子はじばらくその光景をじっと見つめていると、今にもこの格好のまま泥の中に飛び込んでいきそうな気持ちになった
。しかし、妹のリクルートスーツを泥だらけにするわけにはいかないという罪悪感で絵里子の心は葛藤していた。

 「やっちゃえば!」という声が聞こえてきた。もう一人の絵里子の心の中の声か?
 「やっちゃおうよ!」とさらに大きな声が聞こえ、絵里子は、はっとして後ろを振り返ると心臓が止まりそうなほど驚いた。。
 そこには何と妹の絵理香が立っていた。
 「・・・ど・・・どうしてここにいるのよ?」
 「私、お姉ちゃんの秘密知ってるの。教育実習の初日・・・。それに昨日も、ハイヒール汚れてたでしょ。」
 「あっ、まさか!」
 「実習初日に、お姉ちゃんがここで泥だらけになっているのを、偶然見つけて、あそこからずっと観ていたの。」
 「・・・。」
 「昨日だって玄関にあったヒールがちょっと汚れてたし。それに、自分の部屋に入ってクロゼットを誰かが開けたってすぐに気が付いたわ。中をみたら私のリクルートスーツがなくなっていたから・・・。」
 「全部知ってたのね・・・。このことは・・・。」
 「大丈夫よ、お父さんにもお母さんにも言わないわよ。そう言えば、私たちがまだ小さくて、ここがまだ公園だった時、お姉ちゃんと一緒によく泥んこ遊びしたよね。一緒の場合もあったけど、大抵は、お姉ちゃんの【腹いせ】で私の服だけ泥だらけにされて、お母さんに怒られたわ。」
 先ほどは、あまりにも突然の出来事でびっくりして、妹の着ているものに目がいかなかったが、今、じっと観てみるとグレーのスーツ姿だ。
 「あっ、そのスーツ私のじゃない!クリーニング屋さんに行ったのって・・・。」
 「うん、私よ。お姉ちゃんだって人のを勝手に着てるでしょ?それに、今さっき泥だらけになろうとまで考えたりしてたでしょ。」
 「・・・。」
 「お姉ちゃんが最近買ってもらったばかりのこの大切なスーツ姿で泥だらけになろうかな。お母さんに怒られるかな?」
 「【腹いせ】のつもり?」
 「やだ、私のこと、そんな妹だと思ってる?」 
 絵里子は絵里香の目をみた。すると、視線は眼前のぬかるみに落ちていた。
 「【腹いせ】だなんてさっき言ったけど、そんなの今となってはどっちだっていいわ。そんなことより、私は、お姉ちゃんと一緒に泥んこ遊びしたあの時から・・・既に・・・。」
 「あの時から、何?」
 「みんなに内緒で、私一人だけで・・・時々、今でも・・・こんなことして遊んでるの。スーツでやるのは今日が初めてだけどね!」
 「あっ、絵理香!」
 遅かった。絵理香はクリーニング仕立てである絵里子のグレーのスーツ姿で既にぬかるみの上でうつ伏せになっている。スーツの背中やお尻は埃一つなく綺麗だが、スーツの前がどんな状態になっているのかを想像すると恐ろしくなった。恐ろしいと同時に、絵理香の事を羨ましく感じ、徐々に胸が高鳴ってきた。そして・・・。

 「早く!おねえちゃんも、私と一緒にやっちゃおうよ!昔のように・・・。今まで誰にも言えなかったけど、お姉ちゃんも私と一緒なんだって最近知って嬉しかった・・・。今日まで言えなかった。」
 絵里子も妹のチャコールグレーのリクルートスーツを泥だらけにするまでに、さほど時間はかからなかった。お互い相手のスーツを着合って泥んこ遊びに興じている。絵里子も絵理香も10年以上前にタイムスリップしていた。お互い「自分だけの秘密」と思っていたが、こんな身近なところに秘密を共有できる相手がいた。
 
 相手が着ている「自分の」スーツや顔に泥を塗りたぐり合ってはしゃいでいる。そして、うつ伏せになったり仰向けなったりして、おもいっきりスーツを泥だらけにしていった。二人とも今までに経験したことがないほど全身泥だらけになっている。
 タイトスカートとジャケットの境目がもはや分からないほどスーツは泥だらけになっていて、お互いの顔や髪の毛にも泥が付いている。後で蛇口からの出した水でお互いの汚れを綺麗に落とし合うことができる事を知っていた。

 「・・・懐かしい感覚だね。絵理香。」
 「うん。」
 過去の感覚を共有し合う二人にとって言葉はそれ以上必要なかった。これからも時々、こんな遊びを二人でしていくことになるだろう。直感的にそう感じ合っていた。
~(最終回)へ続く~

2009年9月24日 (木)

教育実習生(7)・・・明日だけでいいから

 絵里子はずぶ濡れになった黒のスーツ姿で帰宅した。両親や妹はまだ帰宅していないらしい。
 鍵を開けて玄関に入り施錠をすると、自分の部屋へと飛び込んでいった。スーツの背中やお尻には泥はねがたくさん付いているだろうと予想はできるが、実際どんな具合なのかは分からない。びしょ濡れになった濃紺のリクルートスーツが入った袋を無造作に机の傍らに置くと、鏡で自分の姿を確認してみた。・・・泥はねどころではなかった。泥はねが重なり合ってジャケットの背中もタイトスカートのお尻から太股の辺りまでは泥を塗りたぐられたかのように一面茶色に染まっていた。どれほどはしゃぎまくったのかが伺い知れる有様であった。絵里子は想像以上の汚れに唖然とした。急いでお風呂場にいきシャワーを浴びながら泥汚れを必死に落とした。そして、ジャケットとスカートを脱いで丹念に汚れている部分を綺麗に洗い流した。

 思いのほかスーツが汚れていて、慌てて部屋からお風呂場に駆け込んできた為に、うっかり着替えを持ってくるのを忘れてしまった。いくら自宅で家族が誰もいないといっても、丸裸で2階の自分の部屋までいくのはちょっとためらいがあった。
 なぜならば、2階へ向かうそのほんの数十秒の間に家族が帰ってくる可能性だってあると感じたからだ。客観的に考えれば絵里子の懸念が具現化する可能性はかなり低い。しかし、人間、自分が嫌な状況に置かれていると物事をマイナスに考えてしまうもので、今の彼女はまさにそうであった。

 綺麗に洗った黒のスーツをもう一度身に纏い、バスタオルでスーツの水分を可能な限り吸収させた。それでもまだびしょ濡れになっていると一目で分かるほどだ。廊下に水滴を垂らさずに2階に辿り着ける程度までなんとかスーツの水分を吸収し、急ぎ足で2階へと向かった。家の構造上、2階に行くには玄関前を通っていく必要があった。まさか、そのほんの数十秒の間に家族が帰ってくることなんてないだろうと思ったが、いざ玄関前にたどり着く間と、階段を上りきるまでは、心臓がドキドキしていた。
 何事もなく2階にたどり着くと、スーツの上下とブラウスを脱ぎ、次にパンストを脱いだ。パンストは乾かしても使いものにならないと判断しゴミ箱に捨てた。そして、タオルで体を丁寧に拭き下着を取り替えると、とりあえずTシャツとキュロットスカート姿になった。あとでお風呂に入ってパジャマに着替えるつもりだ。
 今脱いだ黒のスーツ一式を着衣水泳でびしょ濡れとなった濃紺リクルートスーツが入っているビニール袋の中に入れた。これらのスーツは、明日クリーニングに出すより他に仕方がない・・・。

 今、絵里子の頭を悩ましている問題は、明日着ていくスーツが無いということだ。自分のスーツは3着あるが2着はびしょ濡れ状態で、1着はクリーニング中だ。なんとかしなくては・・・と、考えながら、飲み物を取りにキッチンに行こうと自分の部屋を出た。真っ正面にある妹の部屋のドアを見ると、アイデアが閃いた。
 「(私と同じように大学の入学式の時のスーツがあるはずだわ。就職活動はまだ先だし、当面着ないだろうから、ちょっと借りてあとでそっと返しておけば分からないわよね・・・。)」

 絵里子は妹のいない部屋の中に入ると、相変わらず全てが綺麗に整理整頓されていることに感心した。ふと机の上にある数冊のファッション雑誌が目に入った。その中の1冊が自分の部屋にあったものだと気が付いたが、その事については、しばらく妹を問いつめない方が良いと思った。

 妹が帰ってきて見つかってしまっては話しがややこしくなる。急いでクローゼットの中からスーツを探し出して持ち帰ろうとした。パネルドアを開けると、これまた綺麗に洋服が整理されていた。そのおかげで、スーツなどフォーマル系の衣装が右奥に収納されていることが一瞥して分かった。どうやらスーツは1着しか持っていないようだった。チャコールグレーのリクルートスーツだ。7号でサイズは絵里子と同じだった。ただメーカーによって若干ウエストや身幅等が異なるのだが、今は細かいことを気にしてはいられない。とにかく明日着ていくスーツを確保することが優先だ。クリーニング後のそのままの状態で保管しているのだろうか、ビニールカバーがついたままだ。急いでクローゼットからスーツを取り出した。

 何事もなかったかのように自分の部屋へと戻るとビニールカバーをはずし、ジャケットとスカートが揃っているかを確認した。保管状態がよいらしくスーツには虫食いもカビもなくクリーニング仕立てそのものだった。黒に限りなく近いチャコールグレーのリクルートスーツだ。
 
 「(明日にはクリーニングに出してあるスーツが戻ってくるから、明日1日だけでいいから、このスーツを借りればなんとかなるわ・・・。クリーニングに出して元の場所に戻しておけば大丈夫・・・。)」
 
 万一、妹が部屋に入ってきてもいいように、妹のリクルートスーツとビニールカバーを自分のクロゼットの奥の方にしまった。そして、バスタオルを持って鼻歌を歌いながら階段を下りていった。 
~教育実習生(8)へ続く~

2009年9月17日 (木)

教育実習生(6)・・・ 着衣水泳教室【後編】

 着衣水泳教室は終わった。生徒や教師達が全員ずぶ濡れでプールサイドにいる光景は異様である。絵里子も全身びしょ濡れとなった濃紺のリクルートスーツ姿で更衣室へと向かった。
 ここ数日、絵里子はスーツ姿でびしょ濡れになりたくても、帰宅時には雨が止んでしまったりしてなかなか願望を実現できなかった為、今日は存分に着衣水泳を楽しんだ。「ウェット」がやっと実践できたことで溜まっていたストレスも解消でき満足であった。

 生徒達が着替え終わったプール内の女性用更衣室で、他の女子教習生と一緒に雑談しながら着替えはじめた。他の教習生はジャージやハーフパンツ姿からスーツへと着替えていくが、絵里子だけ濡れたリクルートスーツから、黒のスーツへと着替えていく。さすがに下着やパンストだけは着替えを持ってきており、乾いたものに替えた。

 教室に戻ると生徒達はみんな帰りのホームルームの支度をしていた。担任が連絡事項等を伝えると、帰りの号令を日直がかけた。中には部活動に参加する者、中には帰宅する者、みんなちりぢりになっていった。
 絵里子は、今日のレポート作成など教育実習の報告書を作成しなくてはならないので、職員室に行き自分の机で作業をしていた。すると、外から「ザーザー」という音が聞こえてきた。夕立だ・・・。この前の教育実習初日の出来事を思い出した。
 「もし、今日、着衣水泳教室がなければ、雨に濡れて帰れたのに・・・。」と心の中で思った。濃紺のリクルートスーツはさっきびしょ濡れになり、グレーのスーツはクリーニングだ。だから、今着ている黒のスーツで数日間ずっと過ごさなくてはならない為、さすがの絵里子も、このスーツは濡らしてはいけないと心得ていた。
 
 レポートを書き終えても雨は止んでいない。本降りだ。
 濡れた濃紺のリクルートスーツ一式が入ったビニール袋を持って玄関へ行った。カバンの中から折りたたみ傘をだして広げた。すると、校舎の玄関の脇で雨を眺めている女子生徒がいた。絵里子の担当クラスの生徒だ。
 「どうしたの?」
 「あっ、絵里子先生。・・・傘を忘れてしまって、止むのを待ってるんですけど・・・・。塾の時間に間に合わなくなっちゃう・・・どうしよう・・・。」
 女子生徒は今にも泣きだしそうであった。絵里子はそんな女子生徒を前に自分だけ傘をさして帰るわけにはいかない。

 しばらく考えたあげく、絵里子は笑顔で女生徒に自分の折りたたみ傘を差しだした。
 「はい。これ使って。」 
 「ありがとう。でも絵里子先生は?」
 「・・・私の事は心配しないでいいのよ。職員室にね、予備でもう一本折りたたみ傘があるから。あっ、早く行かないと塾に遅れちゃうわよ!」
 「あっ、はい。ありがとうございます!」
 女子生徒は絵里子にお礼を言うと、傘をさして駆け足で去っていった。

 絵里子は女子生徒を目で見送った。生徒が見えなくなると、雨の中、傘をささずに歩き出した。
 もう一本傘があるというのは嘘だった。女子生徒に余計な心配をかけないために、とっさに思いついた嘘だ。いまにも泣きそうな女子生徒を何とか助けてあげたいという思いと・・・突然心の奥底から涌きだしてきた「雨に濡れて帰りたい」という両方の思いからの行動であった。
 今着ているこの黒のスーツを濡らしてしまったら、明日着ていくスーツに困ることは明白であったが、絵里子は心から沸き上がる感情を抑えることができなかったのだ・・・。

 徐々に濡れていく黒のスーツ。教育実習が始まってこの2週間ずっと学校で着ている。ロッカーの中に置いたままで、当然クリーニングにも出していない。その為か、スーツの撥水効果はほとんど無くなっていた。
 最初のうちは雨をはじいていたが、徐々に、はじかなくなると中に雨がしみ込み始めてきた。さすがに、このスーツを着たまま長いこと雨に打たれるわけにはいかないと思い、走り始めた。走れば家までは2分もあれば十分な距離だ。

 途中、「あの場所」の前へときた。昔は公園で今は更地となっている造営中の所だ。そう、実習初日の帰りにおろし立てのグレーのスーツで泥だらけになった場所である。
 絵里子は、雨に打たれながらしばらくその場所に立ちつくしている。立ち止まっているせいもあり、雨が真上からダイレクトに降り注ぎ、髪や顔を滴り、その全てがジャケットやブラウスへと流れ込んでいく。気付くとタイトスカートもびしょ濡れになっていた。

 「(やっちゃおう・・・)」と絵里子は思った。あの日以来、一旦心の中に火がつくとどうにも止まらなくなってしまう。
 「パシャー」
 絵里子は泥の水たまりの中にハイヒールを履いたまま飛び込んだ。そして、その場で何度繰り返し飛び跳ねた。まるで子供が喜んで水たまりの中ではしゃいで遊んでいるかのように・・・。
 そして、雨の降る中、泥の水たまりの中で駆け出した。泥の水はねが飛び散るように、わざと足を後ろに強く蹴り上げながら・・・。絵里子には当然、後ろは見えなかったが、きっとタイトスカートやジャケットの後ろには泥はねがいっぱい付いているだろうことは感じていた。

 教育実習初日には、おろし立てであれほど綺麗だった黒のスーツ。しかし、今はずぶ濡れで、スーツの後ろには泥はねが飛び散っている。気のおさまるまで水たまりで遊んだ後、自宅へとゆっくり歩き始めた。
 平静を取り戻しつつあった今、絵里子は、スーツがこんなになってしまい・・・事の重大さに気付かされるのであった。 
~教育実習生(7)へ続く~

2009年9月10日 (木)

教育実習生(5)・・・ 着衣水泳教室【前編】

 教育実習が始まって2週間ほど経ち、学校での生活にも慣れてきた。思えば実習初日の防災訓練で、両親から買ってもらったグレーのスーツをいきなり泥だらけにしてしまった・・・その時に絵里子の心の奥底にあった不思議な感覚が目覚めだしていた。
 実習初日のあの出来事以来、絵里子は、自分でも理由は未だに分からないでいるが、突如としてびしょ濡れになったり、泥だらけになってみたいという不思議な感覚に陥る自分がいることに気がつき始めた。

 これまでの実習中に何度か雨が降りはじめた日があった。すると、絵里子は教室の窓からその光景を観ながら心を弾ませていた。しばしばそのような事があったが、帰宅時には雨が上がってしまい、なかなか自分の願望を叶えられないでいた。
 雨の中、本当は折り畳みの傘があるにもかかわらず、わざと傘をささずにびしょ濡れになりながら歩いて帰宅できる機会を密かに伺っているが、なかなか無い。せめて帰宅時まで雨が降り続いてくれたならば・・・。
 さすがに学校の校庭脇にあるプールに何の脈絡もなく一人でスーツ姿のまま飛び込むまでの勇気は無い。自宅で両親や妹がいる中では安心して着衣入浴もできない。絵里子としては、雨が降るとか、先日の防災訓練の時のように何かのイベントで偶然の出来事というきっかけが欲しいと考えていた。

 そんなある日、絵里子に願ってもないチャンスが巡ってきた。担当教師より来週の月曜日に、学校のプールで全生徒・全教師対象で「着衣水泳教室」をやるので、ジャージやハーフパンツなどのように濡れても良いような服を忘れずに用意してくるようにと言われた。特に絵里子は、先日の防災訓練の時の件があるので、担任の教師から念を押されたが、絵里子の心の内は決まっていた。
 「(濡れてもいい服でプールに入るなんてつまらないわ。やっぱりスーツで参加よね。)」

 着衣水泳教室当日の朝、濃紺のリクルートスーツに身を包んだ。そう、絵里子は、今日、この格好でプールに飛び込むつもりでいる。大学入学時に就職活動にも使えるようにと、両親に買ってもらったものだ。入学式で着用して以降はゼミの発表や模擬試験のアルバイトなどでけっこう着た。
 教師を目指すことになり就職活動では着用する機会はなくなったが、今こうして教育実習の際に重宝し他のスーツと着回している。
 ただ、両親からプレゼントされたグレーのスーツは、今クリーニング中なので、今日、濃紺リクルートスーツでびしょ濡れになったら、しばらくは学校の行き帰りも、教習実習中も、自分で購入した黒のスーツ1着でのりきることになりちょっと不安であるが・・・「楽しみ」の方が絵里子の心の中では優り、覚悟を決めていた。

 いよいよ、その時間がきた。生徒も教師もほとんどがジャージ姿。あるいはTシャツにハーフパンツ姿である。中には夏服とは別にあるセーラー服の中間服と紺プリーツスカート姿の女子生徒が数名いてプールサイドで、はしゃいでいた。そんな中に濃紺リクルートスーツ姿の絵里子もいた。

 絵里子の姿を見た生徒や先生達は、きっと何かの理由で着衣水泳教室には参加せずに、見学するのだろうと思っただろう。だから、プールの脇に絵里子が立ってプールに飛び込もうとする仕草を見ると、
どよめきがおこった。
 特に男子生徒にとっては「綺麗なお姉さん」がスーツのままプールに入っていくという行為に興味津々で絵里子の姿に釘付けであった。ジャケットを脱ぐと下着が透けてしまうため、絵里子はジャケットを着たままプールに飛び込んだ。

 濃紺のリクルートスーツは一瞬にしてずぶ濡れとなった。クリーニング後に何度も着たからであろうか、水をはじかずに、めくれあがったタイトスカートやジャケットは 瞬く間に水を吸収し、インナーの白の開襟ブラウスと共にずっしり重く絵里子の体を引き締めはじめた。プールの反対側まで平泳ぎをしたり、プールの底に足をついて進んでいきながら、水中での着衣のままの感覚を体感することが目的であった。

 平泳ぎをするために肩までプールの中に浸かると一段と体が引き締められた。タイトスカートが水中で足にまとわりついたりブラウスとジャケットにきつく腕を拘束されて自由に身動きができないでいた。これが、もし海に落ちた状態だとしたら・・・と考えると、絵里子は「リアル」に着衣水泳の困難さを身をもって体験していた。

 なんとかプールの反対側に到着し脇のはしごを使ってプールサイドに上がろうとしたが、大量の水を含み重たくなったリクルートスーツと、両足にぴったりと張り付いたタイトスカートのせいで苦労していた。
 先に到着していた男子生徒が絵里子に手をさしのべ引っ張ってもらうことで、ようやく上がることができた。スカートやジャケットの裾からは勢い良く水が滴り落ちていた。水を含んだ濃紺のリクルートスーツは黒色のように見え、日光に反射して濡れた部分が光沢を放っていた。 
~教育実習生(6)へ続く~

2009年8月31日 (月)

教育実習生(4)・・・実習初日【帰宅編】

 制服姿の数名の女子生徒とスーツ姿の絵里子はずぶ濡れの状態でしゃがみ込んで、頭を下げて、できるだけ低い姿勢を保とうとしている。濡れてしまったのは仕方ないが、泥で汚れたくはないと思っているのだろう。
 しかし、さっきよりも大きな雷音が何度も轟き雷光が走ると、さすがに身の危険を感じたのであろうか・・・、無意識のうちにみんなグランドにうつ伏せになった。放心状態でそのまま静かにして身を守っている。背中には雨が降り注ぐ。

 しばらくすると、雷が鳴りやみ、雨量も一時的にではあるが少なくなった。今とばかりにみんな、必死に走りだして校舎内へと逃げ入った。そして、着ている服の前面が泥だらけになった姿をお互いに見回している。中には制服である紺のプリーツスカートと純白の半袖ブラウスを泥だらけにして泣いている女子生徒もいる。おそらくは、恐怖から解放されたという安堵感と、泥だらけになってしまった制服の悲しさ・・・その両方からひき起こされたのだろう。
 
 絵里子も本当は泣きたい気分だった。しかし、生徒達の前ではさすがに泣くわけにはいかない。
 昨晩、両親からプレゼントされ、今朝おろしたばかりのグレーのスーツ。朝、家を出たときは皺一つなくあれだけ綺麗だったスーツが、今は全身ずぶ濡れで、前面はジャケットもスカートも泥だらけ。まるでぬかるみの上でヘッドスライディングでもしたようだ。
 けっこうな時間、ぬかるみの上でうつ伏していたせいもあって、ジャケットの生地に泥が染み込みインナーの白の開襟ブラウスまでも茶色く染まっていた。もう頭の中が真っ白だ。おろし立てのスーツが一日にして台無しである・・・。

 【 避難訓練 】も終わり、再び帰宅の途へとつく絵里子。先ほどと同じスーツを着ているとは思えないほど、変わり果てたスーツ姿となってグラウンドの脇を歩いて校門から出ていった。
 田舎町で人通りが少ないのが幸いで、泥だらけのスーツ姿を見られないで済んでいるのが不幸中の幸いだと感じていた。
 1,2分歩いたところに、昔は公園だったが今は更地となっている所へきた。今朝、学校へ行く時に気がついた場所である。更地とはいえ造営中ということもあり、蛇口がいくつか点在していた。一番近い水道場にいき、そこで絵里子は泥で汚れた部分を洗い流そうとした。辺りを見回すと、雨の中、ここも一面ぬかるみが広がっている。

 この光景を見て、絵里子は不思議な感覚に襲われた・・・。
 心の奥底で、雨に打たれてこうして歩いているのを気持ちよく感じ、さらには、昔よく遊んだこの場所で、子供の時のように泥だらけになって遊んでみたい・・・そんな感覚になっていた。絵里子は自分でもよく分からないが、びしょ濡れになったり、泥だらけになったりすることで快感になるという「古い記憶」が甦ってきたようだ。懐かしい感覚・・・。

 後先のことも考えず、スーツ姿で泥の水たまりに飛び込んでしゃがんでみたり、ぬかるみにうつ伏せになったり、ぐるぐると寝転がってみた。クリームのようにどろどろにぬかるんだ所を見つけては、うつ伏せになってそのまま匍匐前進などもしてみた。子供の頃の懐かしく不思議で気持ちの良い感覚が絵里子を童心に戻らせ、泥んこ遊びに興じさせた。
 同時に冷静な自分もいた。「お父さん、お母さん、スーツをこんなにしちゃってごめんね。でも・・・私・・・・。」と心の中でつぶやいていた。まるで何かに取り憑かれたかのように一心不乱に気が済むまで泥んこ遊びをした。

 今朝、おろし立ての生地の臭いが漂っていたスーツは、今は全身泥でコーティングされ泥の生臭さがする。水道から出る水でまず手を綺麗にした。そして手で掬った水を体のあちこちにかけていった。ホースがあればもっと早く洗い流せるのだが、ホースなどここには無いので地道に手で水を掬って泥汚れを落としていくしかない。帰宅して自分の姿を見れば家にいるはずの母親がびっくりして何か言ってくることは予想できた。びしょ濡れの状態だけなら、「途中で夕立にあって傘が無かったからこうなった」とでも言えるが、泥汚れがあっては説明がややこしくなる。そうならないように絵里子は必死で泥汚れを落とした。

 ジャケットやスカートの後ろ部分はさすがに見えないので、勘にたよって汚れを落とすしかない。それなりの時間をかけ、少なくてもスーツの前面は見事に綺麗になったところで家を目指した。雨はまだ降っているが、傘をささずに心の中で今の状況を楽しみながらゆっくりと歩いていった。
 玄関をあけ、「お母さん、ただいま!」と言うと、家の奥の台所の方から母親の声がした。急いで2階へ上がって自分の部屋に入れば母親に今の姿を見られずに済むと思った。玄関の方に向かってくる気配が無いことを確認すると、絵里子は自分の部屋に駆け込んだ。とりあえずはホッと一安心。しかし、これから一仕事が待っている。
 部屋にあったビニールシートを絨毯の上に急いで広げ、スーツやブラウスをはじめ体に身に付けているもの全てをその上に置いた。やはり、ジャケットの背中部分やスカートのお尻部分や腰辺りにはまだ泥が残っていた。ブラウスは茶色く染みてしまいクリーニングに出しても無理なほどだった。スーツは泥汚れさえ落とせばなんとかなりそうなレベルだった。今晩のうちに風呂場で綺麗にスーツの汚れを洗い流して明日にでも母親が絶対に行かない町外れのクリーニング屋さんに持っていこうと考えた。タオルで体についていた泥汚れを拭き取りバスローブを羽織るとお風呂場へと向かった。

 昔の記憶が呼び覚まされた今、絵里子の今後の教育実習生活にも変化が現れ始めようとしていた・・・。だが、それは潜在意識から突発的に顕在化するものなので、絵里子自身にもこの先、何が起こるのか・・・などまったく知る由もなかった。 ~教育実習生(5)へ続く~

2009年8月25日 (火)

教育実習生(3)・・・実習初日【午後編】

 午後からはいよいよ絵里子にとって初めての実習授業の開始であった。英語担当の主任教師と一緒に3年生の教室へと向かった。窓から外を眺めると、先ほどよりも雨足が強くなってきたようだ。こんな雨の中「避難訓練」が実施されるのだろうか。
 「どうか雨が止みますように・・・。」 絵里子は雨のことだけが気になって仕方なかった。
 今、絵里子は自分で教育実習のために購入した黒のオーダーメイドスーツに身を包んでいる。昨日おろしたばかり
だ。こんな格好で雨に打たれてスーツ姿でびしょ濡れるなんて嫌なのは言うまでもない。

 午後から受け持ちの授業が2つあったが、そつなくこなした。初日の授業としてはなかなかの出来だと英語科担当教師からの評価も上々だった。嬉しい反面、「避難訓練」のことが気になって頭から離れないでいる。時間はどんどんと経過し、下校時刻へと近づいていた。ひょっとして避難訓練は急遽中止になったのだろうか?

 絵里子は帰りのホームルームのために担任が待つクラスへと戻ると、制服へと着替えて帰りの支度をしている生徒やユニフォームやジャージに着替えて部活動の準備をしている生徒で騒がしかった。担任の体育教師はジャージ姿で教壇に立った。
 外を見ると雨は奇跡的にあがったようで、雲の切れ目から時折晴れ間が見える。しかし、山の天気は本当に変わりやすいのでまだ油断はできない。避難訓練をやるなら今がタイミングではないのか・・・と彼女は心の中で願った。担任は淡々と帰りのホームルームを始め明日の連絡事項などを生徒達に伝えている。絵里子は黒のスーツ姿で担任の側に立っている。

 「起立。礼。さようなら。」
 日直当番の生徒の号令で、ホームルームが終わってしまった。あれっ・・・?どういうことなのか絵里子は分からなかった。
 「先生、避難訓練は・・・今日は無くなったんですか?」と言うと、担任は、にこっと笑うだけで何も言わなかった。

 絵里子は職員室に戻って指導報告書などを作成し、時計を見ると、もうすぐ午後4時になろうとしていた。担任や英語科主任に書類等を見せ、チェックの押印をもらった事でようやく実習初日が終わった。充実感に満ちた思いで彼女は更衣室にいき、帰り支度を始めた。黒のスーツから帰宅のためにグレーのスーツへと着替えた。黒のスーツは明日以降も学校で着用するので綺麗にハンガーにかけロッカーの中にしまった。そして、カバンを持って教師専用の出入り口へと向かった。

 グラウンドでは野球部やサッカー部の部員達が熱心に練習に打ち込んでいる。雨の後でぬかるんだグラウンドの上で、サッカー部員はユニフォーム姿でボールと格闘し、野球部員は守備練習で白球に飛びついてユニフォームを真っ黒にしている。そんな生徒の姿を見ながら、グラウンドの脇を絵里子は歩いて帰宅しようとしていた。すると、突然、サイレンの音が鳴り始めた。数回鳴った後・・・、
 「避難訓練。避難訓練。只今、大きな地震が発生。校舎内にいる者は近くの教室の机の下で次の放送が入るまで待機せよ。外にいる者は校舎から離れて速やかにグランドの真ん中に移動せよ。」

 まさか、こんな時に・・・と絵里子は思った。

 絵里子は他のどの先生よりもグラウンドの近くにいたため、担任の体育教師や他のベテラン教師が来る前に既にグラウンドで集まってきた生徒達をまとめていた。2回目の放送が入る。

 「避難訓練。避難訓練。揺れがおさまったので校舎内にいる生徒は近くの教師の指示に従ってグラウンドに移動せよ。ただし、1階職員室横の給湯室より火災発生。西側通路より避難せよ。」

 校舎内にいた生徒達や先生方も続々とグラウンドに集まってきた、下校時間帯ということもあり部活動をしている生徒達数十名と数名の教師しか学校には残っていなかった。あまりにも現実的すぎる抜き打ち訓練といった感じだ。そして絵里子を含め教職員スタッフは生徒の数の把握し、所属クラスごとにならばせるよう教頭より指示を受けた。
 火災も起きたという想定なので東側のプール付近には消防車も到着しており、水源としてプールから水を吸入している。そして、本番さながら・・・ホースから散水される。訓練故、さすがに給湯室に散水はできないので、プールに向けて放水が行われた。

 水しぶき・・・?・・・が頭の上から落ちてきた。絵里子は、ホースから散水されたものがこんな離れた所までとんでくるなんて変だと感じた。上を見ると、いつの間にか、空は雲に覆われていた。
 再び、雨が降ってきたのだ。ポツポツと降り始めたと思うと、突然、ザーザー・・・と大粒の雨が降り注いできた。夕立だ。
 生徒も先生達も、突然の夕立に唖然としてその場に立ちつくしている。おろし立てのスーツに身を包んだ絵里子も同様である。新品のスーツということもあり、雨をある程度はじいているが、このどしゃ降り
ではひとたまりもなく頭から首筋を通して流れていく雨水がブラウスを濡らしていき次第にタイトスカートへとしみわたっていった。ジャケットも徐々にグレーから黒っぽく変色しはじめてきた。

 夕立が降り始めてまもなく、ゴロゴロと雷が鳴り出した。女子生徒達はキャーキャー声を上げ怖がっている。ピカッと光った。危ない!避難訓練だったはずが、今は、夕立の中、リアルに雷から身を守らなくてはならない状況に陥った。 

 担任の体育教師が中心となって校舎からもっとも離れたグラウンドにいる生徒達を避難させようとした。小走りで校舎を目指していく。絵里子もずぶ濡れのスーツ姿で校舎を目指す。すると、またゴロゴロ、ゴロゴロと鳴った。体育教師が「危ない!低い姿勢になって!」と大声でさけんだ。生徒達や絵里子は言われるままに、しゃがんだ。すると、「まだ高い!先生のようにして身を守らないと危ない!」とジャージ姿の体育教師は雨でぬかるみ水たまりとなっているグランドにためらいもなくうつ伏してみせた。制服姿の女子生徒の中には躊躇するものもいた。スーツ姿の絵里子もそれは同じで、びしょ濡れのスーツ姿でしゃがんでいるのが精一杯だった・・・。 ~教育実習生(4)へ続く~

2009年8月10日 (月)

教育実習生(2)・・・実習初日【午前編】

 日差しの眩しさに自然と目が覚めた。今何時だろうかと7時にセットした目覚まし時計に目をやった。30分後にけたたましいアラーム音がなるはずであったが、今はその必要がなくなったためアラームを解除した。
 絵里子はしばらくベットに仰向けで寝ころんでいる。しばらくすると、昨晩、ハンガーにかけた両親からプレゼントされたグレーのスーツが目に入った。すると、体中に緊張が走り、鼓動が早くなるのを感じた。念願の教師への第一歩・・・といってもまだ実習生の身であるが、確実に踏んでいくべきステップである実習初日の朝、身が引き締まる思いでいる。

 予定の起床時間よりも多少早いがベットから体を起こし、身支度を始める。シャワーを浴び、髪の手入れや化粧などを余裕を持って済ませた。教育実習初日ということで多少緊張があったのだろうか、お腹はそれほどすいていなかったので朝食を軽く済ませると、自分の部屋に行き、うきうきしながら両親からプレゼントされたおろし立てのグレーのスーツに身を包んだ。
 昨晩着たときとは違った感覚である。鏡を見ながらブラウスの襟元やスーツを整えると、いよいよ出発だ。学校に着いたら着替える黒のスーツの入ったスーツケース、お弁当や実習資料などがはいったカバンを持ち、両親と妹に見送られながら家を出た。

 ・・・ふと何か忘れ物をしているような気がした。しかし、何なのかを思い出せない・・・。

 絵里子はおろし立てのスーツ姿で、まるで大学に入学した時のような新鮮な気分に浸っていた。久しぶりの地元の朝だ。懐かしい風景を眺めながらゆっくりと歩いていく。
 途中、小さい時に、よく妹や近所の友達たちと遊んだ公園がなくなって、
更地となっていることに気がついた。幼稚園のころなど砂場で遊んだり、花壇の土で泥団子をつくったり、泥あそびをした。そして、妹とお揃いのワンピースやスカートを汚しては母親に叱られたものだ。
 無邪気に何も考えず、ただ遊んで毎日を過ごしていたあの頃。公園の噴水で水遊びしてびしょ濡れになったり、花壇の土で泥だらけになったりすることがごく自然な遊びの一つであった。子供ながらに楽しく、また気持ちよくもあった・・・。そんな事が記憶に甦ってきた・・・。
 その思いでの公園も、今は更地で土だけがむき出しになっている・・・。

 懐かしさと残念な思いに浸りながらも、あっという間に学校に到着した。絵里子はすぐにスイッチを入れ替え、更衣室の
ロッカールームに向かってグレーのスーツから黒のスーツに着替えた。グレーのスーツと予備に持ってきたブラウス2枚はロッカーの中にしまった。この黒のスーツも昨日の懇親会の時におろしたばかりで、まだ新品そのもので袖を通すとスーツの新鮮な生地のにおいが漂ってくる。

 着替え終わると、実習中お世話になる担当教師の所に挨拶に行くと、他の実習生たちもスーツ姿で既に集合していた。昨日の懇親会の時の印象通り絵里子の担当となる先生は、見るからに厳しそうな保健体育の中年男性である。
 当然、彼女の専門は英語科なので授業指導は別の先生からうけるのだが、受け持ちのクラスの担任がこの男性教諭ということなのだ。それ故、毎日、ホームルームや、出欠席確認や、その他クラス単位の活動では常時一緒ということになり、そのことが彼女にとって気がかりで気持ちが晴れないでいた。
 昨日の懇親会でも、ちょっとした細かい事でも注意してきたり、融通の利かない面もあり、精神的に窮屈だと感じていた。
 職員室の窓から何気なく外を見ると、遠くの方に雨雲が見える。午後からは雨が降りそうな気配だ。山間部に位置するこの学校は天気が変わりやすい。そんな空模様が絵里子の心の中を表しているかのようだ。

 朝のホームルーム開始時間になると、実習生達は散り散りになり自分の担任教師の後についてそれぞれ受け持ちの教室へと向かった。絵里子も担任の男性教諭の指示に従って教室へと歩いていく。教室に向かう途中、男性教諭が話しかけてきた。
 「着替えは持ってきてますよね?」
 「はい?・・・着替えと言いますと?」
 「昨日話したとおり、今日は【抜き打ち】避難訓練ですよ。生徒達にだけは知らせずに3ヶ月に1回程度、うちの学校では行っています。地震とか火災とか、あるいはその両方とかの想定で。今日は大地震が発生して職員室横の給湯室から出火し燃え広がったという想定です。雨天決行ですから念のために着替えを持ってくるようにと言ったはずですよ!しっかりして下さいね。」
 「すみません・・・。忘れました。(しまった、忘れてた!なんてこと・・・。家を出る前に何か忘れたと感じたのは、着替えのことだったんだ・・・!)」
 「なんか、雨が降ってきそうですけど、予定通りなんですか?」
 「もちろんです。
地震や火災は、大雪の日にだって、台風の日にだって起こりえますよね。職員会議で1ヶ月程前に決めておくのですが、今日は実習生が来る初日ということで生徒達もまさか【避難訓練】があるとは思いもよらないでしょうし、絶好の機会ということで、今日に決めました。生徒とあなた達には酷かもしれませんけどね。」
 「・・・・・。」
 「ところで、着替えは本当に持ってきてないのですか?」
 「あの・・・あることはあるんですけど、もう1着の方もスーツでして・・・。」
 「そうですか・・・、それじゃ、仕方ないですよね。参加しないわけにはいきませんから、どちらかのスーツで参加するしかありませんよ。でも、生徒達はほとんどが制服かもしれませんから、我々教師達がジャージとか私服などの格好ばかりでは難なんで、あなたがスーツを着ていれば生徒達に示しがつくので良いかもしれません。」
 「そう言われましても・・・。ところで避難訓練は何時頃ですか?」
 「それも昨日伝えたはずですが、生徒と実習生にはお伝えしません。授業中か、昼食中か、掃除の時間帯か、帰り際か、それは内緒です。」

 そうこうしているうちに、教室の前にきた。教室の中は、いかにも中学生らしくがやがやと騒がしい。いよいよ受け持つクラス生徒達との対面である。
 教諭がドアをあけ、ゆっくりと後について教室に入ると、今さっきまで騒がしかった教室は水を打ったように静かになり、絵里子へと視線が注がれる。少しの間の後、何人かの男子生徒が、「かわいい!」とか「いいじゃん!」といったような言葉を発した。
 担任の教諭から促され絵里子は自己紹介をはじめる。中学生にとっては、「スーツ姿の綺麗なお姉さん」を目の前にする機会など教育実習の時以外にはあまりない事だろう。生徒達は絵里子の話に真剣に耳を傾けている。中には顔を赤らめている男子生徒もいる。女子生徒も興味をもって「お姉さん」の言動に注目していた。

 担任の先生などの配慮で、実習初日の今日は、午前の時間をまるまる、自己紹介など生徒達とのコミュニケーションをとるために時間を確保してくれていた。午前中だけでも生徒とのコミュニケーションはかなり図れた。まだ先生ではないが、「絵里子先生」と呼び始める女生徒が何人も出てきて、やはり女同士ということもありすぐにうち解け合えるようだ。
 綺麗なお姉さんに興味をもって女子生徒の輪の中に混じって、なんとか絵里子に話しかける「言葉」と「タイミング」を探している男子生徒もいる。

 午前中が終わり、昼食後はいよいよ絵里子にとっては初めての実習授業が開始される。緊張感が高まる。

 ふと、教室の外に目をやると、先ほどよりも空は暗くなっていていた。絵里子はいつ避難訓練がはじまるのかということと、雨が降らないかどうかが気になっていた。
 しかし、職員室に戻る途中、廊下の窓から外を眺めると運動場が少し濡れているように見えた。空を見上げると、ポツポツと雨が降り始めていた・・・。 
~教育実習生(3)へ続く~

2009年7月31日 (金)

教育実習生(1)・・・実習前日編

 毎年、ある時期になると、短大2年生や大学4年生の教師を目指す学生達の教育実習が行われる。大概は各々の母校(中学または高校など)に行き、約1ヶ月間後輩を前に授業を行うこととなる。

 大学4年生となり中学英語科の教師を目指している絵里子も教育実習生の一人として母校の中学校に行くこととなった。東京にある大学に通っているが、地方出身の彼女は、教育実習期間中だけ実家にもどり、そこから毎日実習のために母校に向かうことにした。実家からは目と鼻の先。歩いて2、3分なので、朝もゆっくりでき、通うのも楽だ。

 明日から実習開始ということで、前日の今日は母校に出向き校長やお世話になる担任教師や諸先生方、一緒に実習を行う他の学生達との最終打ち合わせが行われ、懇親会も行われた。実習生はスーツ着用ときまっており、今日もみんなスーツ姿でビシッと決めている。
 絵里子も黒のシンプルなスーツを着ている。教育実習はもちろんのこと、教師になった暁にも着用でき、冠婚葬祭にも着れるようにと数日前にオーダーメイドで自分で購入したものだ。今日が初めての着用ということで皺一つなく綺麗である。白の開襟ブラウスの襟がジャケットからさりげなく出ている。黒のスーツと白のブラウスとのコントラストが麗しくもあり、また初々しくも感じる。


 いよいよ明日から教育実習という、その前夜、久しぶりに実家で夕食を食べながら親子水入らずの時を過ごすことになっていた。懇親会が終わって急いで実家に向かうと、両親と、一歳年下の妹が絵里子の帰りを待っていた。
 年末年始を家族と過ごして以来なので、親子4人揃っての団らんは約半年ぶりといったところか。絵里子は自分を待ってくれていた家族のためにスーツのジャケットだけ脱いで着替えずにすぐに食卓についた。昔から母と父、妹と絵里子が向かい合ってテーブルを囲むのが家族のルールであった。今でもそのルールは堅持されており、久しぶりに絵里子は自分の「指定席」に座る。

 絵里子は母親の手料理を肴にお気に入りのエビス
ビールを飲みながら家族との久しぶりの会話が弾む。手酌に慣れている父親も今日ばかりは絵里子についでもらう。父親は照れながら「満面の笑み」である。娘2人との晩酌に嬉しさを隠しきれないでいる。

 ほどよく酔い始めると、両親は明日から始まる絵里子の教育実習の事に話しが及び、今着ているスーツの話しになった際に、父親が尋ねてきた。

 「絵里子、おまえ、何着スーツ持ってるんだ?」
 「実習用に自分で買ったこのスーツと、大学の入学式の濃紺のやつ。だから2着かな。でも、なんで?」
 「実習中は毎日スーツなんだろ?だから、最低3、4着ないと不安だろ。でも1、2着しか用意してなかろうと思ってな、おかんと一緒に買ってやったぞ。」
 
 母親が隣の部屋から持ってきて見せてくれたのは薄くも濃くもなく、程良い色合いのグレーのスーツ。リクルートスーツといってもよい
オーソドックスなデザインであるものの、生地をよく見ると薄いストライプが入っていて大人っぽい。全体的に上品な印象である。教師になってからでも着れるようにとの両親の配慮だろう。

 「お父さん、お母さん、ありがとう。大事に着るね。」

 久々に「自分の部屋」に戻り早速グレーのスーツに袖を通してみる。オーダーメイドではない為、全てがピッタリというわけではないが、シルエットもなかなか綺麗でスカート丈も短くも長くもなくちょうど良い。すぐに絵里子は気に入った。しかし・・・その「喜び」は突如として「悩み」へと変わった。


 両親からの思いがけないプレゼントのグレーのスーツ。手持ちのスーツが3着となり嬉しい。ただ、初日に着ていくスーツを、自分で買ったオーダーメイドの黒のスーツにするか、親からもらったグレーのスーツにするか・・・実習前夜になって迷い出したのである。
 「(親の気持ちも大事にしたいし・・・。今日、この黒のスーツを
おろしたばかりなのに、またその翌日に別のスーツをおろすのももったいないし・・・。)」

 しばらく悩んだあげく、絵里子は決めた。しばらくは、
学校への行き帰りには両親からのプレゼントであるグレーのスーツを着用し、学校での実習授業や課外活動その他では、自分で買った黒のスーツということにした。そして適宜、濃紺のスーツも交えて手持ちの3着を上手く着回していこうと考えた。
 つまりは、朝学校に着いたら更衣室で着替えることになる。他の女性の実習生も着替えをするだろうが、私服からスーツに着替えるのが普通であろう。「スーツからスーツ」に着替えるのは、おそらく自分だけだろうと絵里子は
思った。

 学校で着用するための黒のスーツとブラウスを2枚、スーツケースに入れた。そして、朝になったら直ぐに着用できるようにグレーのスーツをハンガーにかけた。ジャケット、ブラウス、タイトスカートと全てが新品だ。それぞれ別々のハンガーにかけた。新品スーツ特有の
生地のにおいが、絵里子の部屋の中に充満していた。

 
 準備万端、絵里子は明日からの教育実習に不安と期待を抱きながら眠りについていった・・・。 
~教育実習生(2)へ続く~

2009年7月23日 (木)

朝露が輝く中で(2)

 雑木林へと足を踏み入れ、小走りでバス停を目指した。雨上がりでもありちょっと蒸して汗ばむ陽気であった。地面はというと当然のことながらぬかるんでいるので、転んだりしたら大変である。足下を見ながらハイヒールを汚さないように、なるべく滑りにくそうな所を選びながら慎重に小走りで進んでいく。20秒ほど経つと背丈の高い雑草が生い茂っているところへときた。葉の上には朝露が光り輝いていたが、その光景の美しさを感受する余裕は今の絵里子には無い。

 腰の辺りまで伸びている草の中を踏み分けながら30秒ほど必至に駆けぬけるとバス停が見えてきた。もう少しである。しかし、草むらを抜け足下に目をやると、再び泥でぬかるんだ地面が現れた。同時に絵里子はとんでもないことに気付く。
 草むらを駆け抜けている時は気が付かなかったが、草葉にのっていた露がタイトスカートに付いて濡れた為に、ライトグレーのタイトスカートが黒く変色していたのである。こんな格好でバスや電車に乗ることを思うと頭の中が真っ白になった。

 ・・・一瞬の油断からであった。頭の中が真っ白になった影響から「注意力」を失った状態で、ぬかるみの上を駆けていたせいもあり、足下が滑り体のバランスを崩してしまう。前のめりになって一度は踏ん張ったものの運悪く水たまりの中に倒れてしまう。大事な研修資料や貴重品類が入ったバックは、条件反射的に水たまりに落ちないように脇の草の上に投げ込んだので無事であった。しかし、ぬかるんだ土壌の上にできた水たまりの中にうつ伏している自分がいた。ただ呆然と目の前の泥水を眺めている・・・。何か大変なことになっている事だけは、かろうじて認識できる状態であった。

Muda01  立ち上がるとジャケットの袖口や、タイトスカートの裾から泥水が滴り落ちている。つい1、2分前に、部屋の鏡に映っていた自分のリクルートスーツ姿の面影はまったくなかった。泥だらけになった自分の姿に目をやると、一気に力が抜けて水たまりの中にお尻をつけて座り込んでしまった。
しばらく、その状態でいたが徐々に自分がどのような状況に置かれているのか理解できてきた。
 冷静さを取り戻し、草の上で濡れも汚れもせず無事のリクルートバックを拾うと外ポケットからハンカチを出して顔や手を綺麗に拭く。そして携帯を取り出し電話をかける・・・。

 「(今日も休んじゃった。このままちょっと遊んじゃおうかしら)」

 今はリクルートスーツ姿の絵里子以外に誰もこの場所にいない。先ほど水たまりの中に転んだときに、冷たく気持ち良い感覚を一瞬味わった。すぐにその感覚は、自分が大変なことになってしまったという思いにとってかわった。しかし、今は、会社に行かないという「開放感」と先ほどの「快感の記憶」が融合し不思議な感情が心の底から沸き上がってくるのであった。

 さっき転んでしまった水たまりの中に、今度は自らの意志でうつ伏せとなり水たまりの底の泥に体をあずける。リクルートスーツの生地はさらに多くの水と泥を吸収し重くずっしりと絵里子の体を引き締めていく。仰向けになってみたり、何度も転がったりしながらリクルートスーツを泥だらけにしながら一人無邪気に遊んでいる。
 
 朝露が綺麗に輝く中、WET&MESSYの世界にいざなわれた女性が、今ここに、また一人誕生した瞬間である
(完)

2009年7月15日 (水)

朝露が輝く中で(1)

 絵里子は高熱がなかなか下がらず会社を火曜日から3日も休んでいる。リクルートスーツを毎日着込んで頑張っている新入社員研修がハードなこともありここにきて一気に疲れが出てきたらしい。昨晩、会社から連絡があり、研修が遅れると業務等に支障もでてくるので、熱が下がったらちょっと無理をしてでも出てくるようにと「鬼上司」から言われていた。

 今朝になってようやく熱が下がったものの気分が悪かった。今日は金曜日ということもあり、今日も休んで月曜日から出社したいというのが本音であった。しかし、いつまでも学生気分ではいられないし、さすがに他の同期の仲間達に遅れをとるのも嫌である。さらに、今日も休めば「鬼上司」から何を言われるかわからない。社内でもはばを効かしているお局ということもあり、目を付けられないようにしているのが無難であろう。

 絵里子は出社することにし、寝込んでいたせいか重たい体に鞭打ってベットから起き上がるとシャワーを浴びに浴室に行った。昨晩まで寝込んでいたためお風呂に入っていなかったので念入りに体と髪を洗った。
1  浴室から出ると髪を乾かし化粧をし、ヘアスタイルを整えた。そして、下着を身につけパンストを履きライトグレーのリクルートスーツを着込んでいく。学生時代、就職活動前に親から黒のリクルートスーツは買ってもらいそれで就職活動をなんとか乗り切った。しかし、社会人になってから研修等で毎日スーツを着用する事が義務であるため「替え」のスーツが必要であった。少しずつ買い足していく必要がありそうだが、とりあえず2着目のリクルートスーツとして自分のおこづかい
で最近購入したものである。
 このスーツは、月曜日に出社した時に着たもので今週ずっと着用する予定のものだった。今週は1度しか着ていないこともあってタイトスカートにもジャケットにもそれほど皺がついていなかった。いつもの金曜ならスカートはけっこう深い座り皺がいっぱいできているのだが、今日は金曜日であるにも関わらず綺麗な状態のスーツを着れる事に「ささやかな喜び」を感じた。
 
 白の開襟ブラウスを両手に通すとキッチンに向かい、オーブンに食パンを1枚入れ、コーヒーメーカーのスイッチをオンにすると冷蔵庫からマーガリンとヨーグルトを出した。そして、リクルートスーツを着るために部屋に戻りブラウスのボタンをとめる。次にタイトスカートを履き、スリットが真後ろにちゃんときていることを鏡で確認すると最後にジャケットを着る。最近のメインストリームであるシングルの2ボタンジャケットだ。ちょっと奮発してオーダーメイドスーツにしたこともあり、絵里子の体にピッタリとフィットしていて美しいシルエットだ。

 ジャケットのボタンをとめキッチンに行くと、思惑通り食パンとコーヒーがちょうど出来上がっていたところだった。食パンにマーガリンとコンデンスミルクを塗り、ガラスの容器に大さじ5杯程度のヨーグルトを盛る。食パンをくわえながらキッチンの窓から外を眺めると日が照っているが道路が濡れている事が確認できた。明け方まで雨が降っていたらしい。庭の芝生がまだたくさんの水分を蓄えている。家の近くの雑木林に生えている雑草や草花、背丈の高い草木の上では朝露が光り輝いていた。
 
 朝食を済ませると、鏡の前にもう一度立って自分のスーツ姿とヘアースタイルを確認する。最後にお気に入りのブランドの香水を首筋と両手首に軽くかけるとバックの中に研修用資料が入っているかを確認した。4日ぶりの通勤であるが1週間以上も会社に行っていないような感覚だった。それだけ、風邪で休む前までの日々が忙しく、また単調で時間の経過を早く感じていたのだろう。

2  玄関を出るといつものようにバス停へと急ぎ足で歩いていく。先ほどキッチンの窓から外を見た時に気がついた通り、辺りの路面は濡れていて草木もまだ乾いていない。
 ふと時計に目をやると・・・「あっ、嫌だ、あと2分しかない。間に合わない!」と心の中で叫ぶ。家を出て小走りでバス停まで普段なら5,6分かかる。本気で走っても間に合うかどうか微妙なところである。でも、工事で造営中の雑木林を突っ切って行けば迂回せずに一直線なので小走りでも1分ちょっとあれば間に合う程の近道だ。ただ造営中で足場が泥であるという事と、背丈の高い雑草を踏み分けていく必要のあるエリアがあった。おまけに、今日は雨上がりで足場はひどくぬかるんでいることだろう。

3  この近道はあまり使いたくないので、本当に急いでいる時にしか通らないことにしている。数ヶ月に1回通るかどうかの頻度だ。いくら急いでいても雨の日は絶対に通れない。通ったら大変なことになってしまう。
 今日は、雨ではなく晴れているとはいえ、雨上がりということもあってリクルートスーツを着た状態では通りたくないのが本音だ。しかし、会社に遅刻して「鬼上司」に叱られるよりは、まだましであると絵里子は判断し、迷わず工事中の雑木林へと足を踏み入れるのであった・・・。 
~(2)へ続く~