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2009年7月31日 (金)

教育実習生(1)・・・実習前日編

 毎年、ある時期になると、短大2年生や大学4年生の教師を目指す学生達の教育実習が行われる。大概は各々の母校(中学または高校など)に行き、約1ヶ月間後輩を前に授業を行うこととなる。

 大学4年生となり中学英語科の教師を目指している絵里子も教育実習生の一人として母校の中学校に行くこととなった。東京にある大学に通っているが、地方出身の彼女は、教育実習期間中だけ実家にもどり、そこから毎日実習のために母校に向かうことにした。実家からは目と鼻の先。歩いて2、3分なので、朝もゆっくりでき、通うのも楽だ。

 明日から実習開始ということで、前日の今日は母校に出向き校長やお世話になる担任教師や諸先生方、一緒に実習を行う他の学生達との最終打ち合わせが行われ、懇親会も行われた。実習生はスーツ着用ときまっており、今日もみんなスーツ姿でビシッと決めている。
 絵里子も黒のシンプルなスーツを着ている。教育実習はもちろんのこと、教師になった暁にも着用でき、冠婚葬祭にも着れるようにと数日前にオーダーメイドで自分で購入したものだ。今日が初めての着用ということで皺一つなく綺麗である。白の開襟ブラウスの襟がジャケットからさりげなく出ている。黒のスーツと白のブラウスとのコントラストが麗しくもあり、また初々しくも感じる。


 いよいよ明日から教育実習という、その前夜、久しぶりに実家で夕食を食べながら親子水入らずの時を過ごすことになっていた。懇親会が終わって急いで実家に向かうと、両親と、一歳年下の妹が絵里子の帰りを待っていた。
 年末年始を家族と過ごして以来なので、親子4人揃っての団らんは約半年ぶりといったところか。絵里子は自分を待ってくれていた家族のためにスーツのジャケットだけ脱いで着替えずにすぐに食卓についた。昔から母と父、妹と絵里子が向かい合ってテーブルを囲むのが家族のルールであった。今でもそのルールは堅持されており、久しぶりに絵里子は自分の「指定席」に座る。

 絵里子は母親の手料理を肴にお気に入りのエビス
ビールを飲みながら家族との久しぶりの会話が弾む。手酌に慣れている父親も今日ばかりは絵里子についでもらう。父親は照れながら「満面の笑み」である。娘2人との晩酌に嬉しさを隠しきれないでいる。

 ほどよく酔い始めると、両親は明日から始まる絵里子の教育実習の事に話しが及び、今着ているスーツの話しになった際に、父親が尋ねてきた。

 「絵里子、おまえ、何着スーツ持ってるんだ?」
 「実習用に自分で買ったこのスーツと、大学の入学式の濃紺のやつ。だから2着かな。でも、なんで?」
 「実習中は毎日スーツなんだろ?だから、最低3、4着ないと不安だろ。でも1、2着しか用意してなかろうと思ってな、おかんと一緒に買ってやったぞ。」
 
 母親が隣の部屋から持ってきて見せてくれたのは薄くも濃くもなく、程良い色合いのグレーのスーツ。リクルートスーツといってもよい
オーソドックスなデザインであるものの、生地をよく見ると薄いストライプが入っていて大人っぽい。全体的に上品な印象である。教師になってからでも着れるようにとの両親の配慮だろう。

 「お父さん、お母さん、ありがとう。大事に着るね。」

 久々に「自分の部屋」に戻り早速グレーのスーツに袖を通してみる。オーダーメイドではない為、全てがピッタリというわけではないが、シルエットもなかなか綺麗でスカート丈も短くも長くもなくちょうど良い。すぐに絵里子は気に入った。しかし・・・その「喜び」は突如として「悩み」へと変わった。


 両親からの思いがけないプレゼントのグレーのスーツ。手持ちのスーツが3着となり嬉しい。ただ、初日に着ていくスーツを、自分で買ったオーダーメイドの黒のスーツにするか、親からもらったグレーのスーツにするか・・・実習前夜になって迷い出したのである。
 「(親の気持ちも大事にしたいし・・・。今日、この黒のスーツを
おろしたばかりなのに、またその翌日に別のスーツをおろすのももったいないし・・・。)」

 しばらく悩んだあげく、絵里子は決めた。しばらくは、
学校への行き帰りには両親からのプレゼントであるグレーのスーツを着用し、学校での実習授業や課外活動その他では、自分で買った黒のスーツということにした。そして適宜、濃紺のスーツも交えて手持ちの3着を上手く着回していこうと考えた。
 つまりは、朝学校に着いたら更衣室で着替えることになる。他の女性の実習生も着替えをするだろうが、私服からスーツに着替えるのが普通であろう。「スーツからスーツ」に着替えるのは、おそらく自分だけだろうと絵里子は
思った。

 学校で着用するための黒のスーツとブラウスを2枚、スーツケースに入れた。そして、朝になったら直ぐに着用できるようにグレーのスーツをハンガーにかけた。ジャケット、ブラウス、タイトスカートと全てが新品だ。それぞれ別々のハンガーにかけた。新品スーツ特有の
生地のにおいが、絵里子の部屋の中に充満していた。

 
 準備万端、絵里子は明日からの教育実習に不安と期待を抱きながら眠りについていった・・・。 
~教育実習生(2)へ続く~

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