バスタブの中に入っていると額から汗が滴り落ち始めた。そのまま、さらに数十分ほどお湯に浸かっていると汗がさらに噴き出てきた。しかし、辛いというよりも、どちらかというと汗と一緒にストレスや体の老廃物を出し切った感じがして、すっきりと気持ちが良かった。
しばらくすると、絵里子はバスタブの水面に浮かんでいるスーツや下着などを拾い上げ、バスタブの底の栓を抜いてお湯を流し始めた。そしてスーツなどを洗面所にある脱水機の中に無造作に置いた。
スーツのジャケットとスカートは、本来は水洗いは駄目である。しかし、普段、スーツ姿で着衣入浴を楽しんだ後は、こうして脱水して室内で乾かしておき、乾いたら、アイロンで皺をほどほどに整えてからクリーニングに出している。絵里子にとってはルーティンワークであった。
髪の毛からはまだ水がポタポタと滴り落ちていたのでタオルで軽く押さえて水分を吸収させた。そして、バスローブを纏うと部屋に戻った。
部屋にはいるとクロゼットの扉が開いていて先ほどハンガーにかけた会社の制服が目に入ってきた。おろし立ての制服だということを証明する真新しい生地特有の匂いが仄かに漂ってきた。明日、絵里子が着衣入浴するための制服だ・・・。
管理がしっかりしていてなかなか持ち出すことさえできない会社の制服が絵里子の目の前にあるという現実。その制服を眺めていると絵里子は鼓動が激しくなってくるのを感じた。その鼓動を抑制するには、もはや制服を今着用することでしか解決できないと悟った。
気がつくとタンスの引き出しから下着やパンストを出して体に身につけていた。そして、絵里子の手はクロゼットの濃紺の制服へとのびていった。リボン付きブラウス、タイトスカート、ベストの順にゆっくりと着ていった。そして、冬服として支給されるジャケットもその上に羽織って、しっかりとボタンをとめた。
「今日は、ここまでだよ!」と理性で抑えようとするが、すぐさま潜在意識のもう一人の自分が「今すぐそのままお風呂に入りたいんでしょ?」と誘惑した。
「今日は、制服着たまま寝ることにしようかしら。お風呂は明日ね。」と強く自分の心に言い聞かせた。
ふと、濡れた髪が手に触れると、先ほど髪を濡らしたもののシャンプーやリンスをしていない事を思い出した。
すると、もう一人の自分が「シャンプーとリンスもしないとね。良い口実が見つかったわね。」と顕在意識に呼びかけてきた。
絵里子は濃紺の会社の制服姿のまま、再び浴室へ向かった。シャワーのレバーを回しお湯を出してちょうど良い温度に調整すると、目を静かに閉じた。そして、ゆっくりと・・・シャワーの噴き出し口を手前に向けて顔に浴びせた。
お湯が顔から首筋をつたわって胸や背中に流れ落ちてくるのを感じた。ジャケットとベストの下のブラウスはびしょ濡れとなって、これ以上吸収できなくなったお湯が流れだし腰や太股を濡らし始めた。スカートも瞬く間にずぶ濡れとなって足下までお湯が流れ落ちてくるまでにさほど時間はかからなかった。
シャワーを顔から頭の上へと持っていった。絵里子はまだ目をつぶったまま、シャンプーを手に取って髪を洗い始めた。すると、シャンプーの良い香りが浴室を全体を充満させた。ゆっくりと丁寧に髪を洗い、ある程度、泡を洗い流したと思ったところで目をあけた。
視線をおろすと、びしょ濡れとなったジャケットやタイトスカートには所々泡がついていた。すぐさまシャワーをかけて洗い流した。そして、からだ全体、つまりは、制服全体にもシャワーをかけていった。
ここからが絵里子にとって、着衣入浴の本番だ。シャワーを浴びている絵里子の横では蛇口からバスタブの中に再び勢いよくお湯が注がれているのであった。 (完)
絵里子は通勤で着用していたオーソドックスなスーツ姿で帰宅した。会社で地味な濃紺の制服を常時着ているので通勤時はパステルカラーの明るめのスーツを意識的に着ることにしているのだった。今日はブランドもののベージュのタイトスカートスーツ。
バッグとは別に、絵里子が持っている手提げの袋の中には新品の会社の制服一式が入っていた。
絵里子の会社では、制服の持ち出しは禁止であり、クリーニングも会社が請け負う徹底ぶりで制服の外部への持ち出しは本来なら不可能である。しかし、絵里子の悪知恵により数ヶ月かけてようやく持ち出すことに成功したのであった。
部屋に入り、テーブルの上に制服をビニール袋から出して広げてみた。ジャケット、ベスト、タイトスカート、ブラウス、付けリボンと普段会社で着ている見慣れた濃紺制服が目の前にあった。制服からは布地の匂いが漂ってきて、そのことが真新しい制服であることをあらわしていた。絵里子はこの制服を着たままお風呂に入ることがたまらなく楽しみであった。
しかし、いざ新品の制服を目の前にしていると、ちょっと躊躇する気持ちが芽生えてきた。今日のところはとりあえず、保管しておくことにした。気持ちを改めて明日にでも・・・と思い、丁寧に制服をハンガーにかけてクローゼットにしまった。
そして、絵里子は、お風呂場に向かった。週末や、ストレスがたまっているときなどに、絵里子は仕事から帰宅するなりカバンや荷物を置くと、着替えずに通勤に着ていたスーツのままお風呂に入る。
今日は、本来なら「会社の制服」に着替えて着衣入浴を楽しむという予定だったが、ちょっとした気持ちの変化で予定変更だ。今着ているベージュのスーツで入浴することにした。
バスタブには勢いよく蛇口からお湯が噴出している。お湯を貯めている間、スーツの中に小物が入っていないかチェックし、何も無いことを確認すると時計をはずして洗面台の上に置いた。
そして、朝出社する時のように、髪をとかしスーツやブラウスの襟を整え、メイクをしなおした。濡れてもいい恰好や、身だしなみを崩した状態ではなく、このまま外出してもおかしくない綺麗な状態で着衣入浴するのが絵里子の流儀であった。
「身支度」をしている内に、お湯がバスタブの半分ほどのかさまでたまっていた。半身浴をする絵里子には、これでちょうど良かった。蛇口を閉め、足をバスタブの中に入れると、膝よりちょっと下で、かろうじてふくらはぎが隠れる程度であった。
そして、いつものようにためらいもなくスーツ姿のままお尻をバスタブの底につけた。タイトスカートには一気にお湯が入り込んできた。一瞬にしてびしょ濡れとなった。ジャケットはお腹の辺りまでお湯の中に浸かっていて、濡れている箇所とそうでない箇所のジャケットの色が明らかに違って見えた。
しばらく、そのままの体勢を維持しながらお湯を手で掬って肩や胸にかけて、ジャケット全体を濡らしていった。ジャケットが濡れていくにつれて、その重さと収縮力で絵里子の体は徐々に引き締められていき拘束感を感じていた。その感覚も、絵里子が着衣入浴を好む理由の一つであった。
体が温まってくると、絵里子はバスタブから出てぬるめのお湯のシャワーを頭から浴び髪を洗い始めた。
頭のてっぺんからセミロングの黒髪の毛先までくまなく濡れていくのには、それほど時間がかからなかった。あっという間に全身ずぶ濡れの姿となった。まるで大雨の中をかさも差さずに歩いていたかのようである。
お風呂からあがる前の最後に、もう一度バスタブに浸かるのが絵里子の習慣だ。後先のことを考えずに、その時の欲求にまかせるのが着衣入浴の醍醐味であることを絵里子は経験的に知っている。
バスタブの中に入ると、ジャケット、スカート、ブラウス、パンスト、下着・・・・と順番に脱いでいった。そして、お湯をつぎ足しながら入浴をしばらく堪能した。気が付くと絵里子の周りの水面にはスカートやブラウス、下着などがぷかぷかと浮かんでいた。 ~(3)へ続く~
絵里子の会社でもようやく仕事納めだ。白の長袖リボンブラウスに半袖の濃紺ベストに濃紺タイトスカートという会社の制服姿で、いつものように朝礼に臨んだ。有名デザイナーが制作した制服とのことで、精練された印象を与えてくれる上品なデザインの制服だ。
冬制服なのでジャケットもあるが、社内は暖房が効いていて暖かいのでベストだけで十分であった。ジャケットはお昼休みに外出するときに着用する程度だ。
今日は、年内の最後の出勤日で仕事らしい仕事はなく、社員総出でフロアの大掃除とのことだ。各自、机やロッカーの中を綺麗に片づけておくようにと上司から指示があった。
年明け早々に心機一転、フロアの模様替えが大規模になされるとのことで、ロッカーの中と机の中は本日中に空っぽにしておくようにとのことだった。私物で持ち帰れるものは持ち帰り、仕事で必要なものなどは自分の名前のラベルを貼ったダンボールに詰めて階下にある物置に保管することとなった。
絵里子や同僚達も一斉に整理をはじめた。机の上や引き出しの中は仕事で必要な書類や文具類ばかりなのでダンボールに詰め込むだけだったのですぐに整理することができた。次はロッカーだ。意外と色々なものが入っていて、その選別やらに時間がかかる。
絵里子はロッカーの奥の方にダンボールを見つけた。ふと夏の記憶が甦ってきた。中に入っているのはビニール袋に包まれている会社の冬制服一式のはずだ。今着ているとのまったく同じ制服。
そう、絵里子は、制服の「紛失」届けを出したのであった。もちろん、実際には紛失などしておらず、「紛失したことにした制服」がダンボールの中に入っているのであった。
なぜ、絵里子はそんなことをしたのか・・・。
絵里子の会社はご丁寧に、制服を夏は1週間ごとに、冬は2週間ごとに回収しクリーニングをして週明けには綺麗な状態で返却してくれる。普通なら便利でこの上ないサービスだ。
しかし、着衣入浴が趣味の絵里子にとって、このシステムはありがたくなかった。社外に制服を持ち出すことは不可能と感じていたからだ。絵里子は、なんとかして「自由になる」会社の制服が欲しかった。この会社の制服のまま着衣入浴したいという願望を実現させるための行動であった。
「紛失」したことにして1式制服をせしめたまではよかった。その後、人の目につかないように慎重に制服を持ち出すタイミングを伺っていたが、なかなか持ち出すことができないでいた。そうしているうちに、ロッカーの奥に隠してあるという記憶が薄れていったのだった。しかし、今となって目の前にある制服一式のことを思い出した。
絵里子はまず、ロッカーからダンボールを取り出した。しかし、みんながいる今は、うかつにダンボールをあけることはできない。開けずにそのままの状態で階下の物置に持っていき、そこで誰にも見られないように何か袋に詰めて戻ってこようと思った。
このことは、みんながお昼ごはんに出かける隙を見計らって実行に移した。物置にダンボールごと持っていって中からビニール袋に包まれた「制服一式」を取り出して、速やかに自分のバッグの中に押し込んだ。
ダンボールの中には他に何も入っていなかった。物置の中には他にも空になったダンボールが散乱していたので絵里子はそこに置いていくことにした。
そして制服を入れた自分のバッグを持って部屋に戻り、ロッカーの中に大事にしまったのであった。念願の制服を手に入れた絵里子は天にも昇るような気分であった。頭では早くも、この制服姿で着衣入浴することを考えているのであった・・・。 ~(2)へ続く~
2日間にわたる新入社員の屋外研修がようやく終わった。
研修所で解散となり、各自帰宅することとなった。絵里子も茜も昨日はスーツのまま川には行ってびしょ濡れになってしまったが、今は2人とも2着目のスーツを着用している。絵里子は大学時代から着ている黒のリクルートスーツ。茜も同じく大学時代から着用しているリクルートスーツであったが、色は濃紺だ。
解散となった後の研修所のエントランスにはスーツ姿の新入社員が大勢立ち止まっている。まだ午後3時過ぎであった事もあり、これから都内に出て飲み屋にいこうなどと話している者が多いようだ。そういった男子達に交じってついていく女子も数名いるようであった。
昨日の研修でスーツ姿でびしょ濡れになって注目を浴びた絵里子と茜にも当然ことながら、多くの男子から飲みのお誘いのオファーがきたが、絵里子と茜は、男子からの誘いは全て断った。二人は一緒に帰り、途中下車して茜のお薦めであるイタリアンレストランでご飯を食べる約束をしていたからだ。
絵里子と茜は、この研修を通じて接点を持ったが、たまたま同じ電車で最寄り駅も近い事が分かり二人の仲は急速に良くなった。車中、絵里子と茜は色々な話しをしたが、茜の興味は昨日の出来事に注がれた。
「えりちゃんって、勇気あるよね。昨日、スーツ姿のまま池の中に入ったりして。男子もだれもあそこまではしなかったのに。」
「茜ちゃんだって、最終的には飛び込んだじゃない。」
「1位になりたかっったし、それに・・。」
「それに・・・何?」
「えりちゃん一人にあそこまでやらせちゃって悪いと思ったし、私だって査定のかかった研修で、できるだけ多くポイント稼ぎたかったのよ。いまだから言っちゃうけど、私にだって会社のため、チームのため、人のために川に飛び込む事くらい出来るってところを見せたかったし。」
「茜ちゃん真面目だね。」
「それは、先に飛び込んだえりちゃんのほうがもっと・・・」
「違うの・・・。査定がかかった研修だったからというのもあるけど、私が飛び込んだのにはもう一つ理由があって・・・でも今は言えないわ。」
茜は釈然としなかったが、敢えてそれ以上は絵里子に詰問しなかった。
ふと気が付くと目的の駅を通り過ぎてしまっていた。次の駅で降りて逆方向の電車に乗り換えることにした。駅で電車を待っているときに空を眺めるとまだ午後3時だと言うのに空は雲で薄暗くなっていた。
10分ほどすると逆方向の電車が来たので、それに乗って本来降りるべきだった駅で下車して茜おすすめのイタリアンレストランへと歩いて向かった。駅から12、3分という中途半端な所ということだ。国道沿いとの事なので普通は車で行くようなところなのだろう。
歩いて5、6分すると顔や手に冷たいものを感じた。雨だった。ポツポツとまだ小雨でたいした事がないが空模様を見るかぎりもっと降ってきそうな様子であるのは誰の目にも一目瞭然だった。
「茜ちゃんは、傘持ってるの?」
「私、持ってないの。えりちゃん悪いけど一緒に入れてくれる?」
「・・・あの・・・実は、私も持ってないのよ・・・。」
「えっ、えりちゃんも持ってないの? じゃあ走りましょう。走れば2,3分で着くからそんなに濡れなくても済むわ。」
絵里子はそんな茜の会話のトーンに今までとは違うものを感じた。
茜が道を扇動する形で絵里子の前を走った。雨足はわずかの間で信じられないほど強くなってきた。走りながら2人とも髪の毛やジャケットの肩部分がびしょ濡れとなった。頬から首を伝わってブラウスの襟も濡れ始めてきた。
けっこう走るのかと思ったら意外にも2分程度でお店に到着した。お店に入りようやく雨から逃れることができた。2人ともお店の入り口の待合室のようなところで髪やスーツの濡れた部分を拭くためにキャリーバッグからタオルを取り出した。
2人とも昨日池に入ってずぶ濡れとなったスーツがビニール袋に包まれて入っていた。お互い相手のキャリーバッグの中を無意識のうちにチラッと見た。
すると、お互いのスーツケースの中に「折りたたみ式傘」が入っているのを確認した。 絵里子も茜も、相手の視線を感じ心の中で全く同じことを思った。
「・・・(傘持ってるの見られた! でも、なんでさっきは傘を持ってない、なんて私に言ったんだろう。)」
食事中もお互い、「傘」のことが気になっていまいち会話が弾まなかった。絵里子は全てを察知して、茜に言った。
「茜ちゃん、今日この後、私の家に遊びに来ない? ここからだと歩いて1時間半くらい。さっきのでスーツけっこう濡れちゃったし、どうせなら思い切って雨の中、全身びしょ濡れになりながら散歩してみない?」
「えりちゃん・・・」
「私けっこうスーツ持ってるし、もし明日会社に着ていくスーツの替え持ってないようだったら貸してあげるから。」
「それはいいんだけど・・・えりちゃんって・・・」
「何?」
「さっき、電車の中で、昨日研修中に川に飛び込んだ理由がもう一つあるって言ってたでしょ?」
「・・・。」
「その理由、私、分かったかも。たぶん、私も同じ理由よ。そうなんでしょ?」
「茜ちゃん・・・。」
「えりちゃん、昨日、池の中に入った時、気持ちよかったんでしょ?」
「・・・うん。茜ちゃんもなのね。」
2人にはこれ以上、相手のことを確認し合う言葉は必要無かった。
店を出て、傘も差さずに雨が降りしきる中、国道沿いをキャリーバッグを手で引きながら歩き続けた。雨でリクルートスーツのジャケットやタイトスカートはもちろんインナーのブラウスや下着までもびしょ濡れになっていった。髪の毛もまるでシャワーでも浴びたかのような状態だ。
途中、公園があり噴水広場があった、雨だからだろうか、人は誰もいなかった。絵里子と茜の貸し切りだ。二人は心行くまで噴水の水を頭から浴び、水を掛け合った。
そして、膝かさまで水がたまった人口池の中で、レスリングみたいな事をしてお互い相手を押し倒そうと躍起になった。膝まで水に浸かっていては思うような体勢を維持できず、二人は同時に側面から池の中に倒れ込んだ。そして二人は微笑んでお互いの顔をみながら、池の中でうつ伏せになったり、四つん這いになったりした。
しばらくすると、さすがに飽きてきた。
二人とも就職活動のときに着ていたリクルートスーツをずぶ濡れにし、髪の毛やタイトスカートの裾から水滴を垂らしながら、雨の中の散歩を再開した。 (完)
いよいよその日がやってきた。今日は絵里子が密かに楽しみにしていた1泊2日の課外研修初日の日だ。
今日の研修のために先週末、デパートで大人っぽいデザインのチャコールグレーのタイトスカートスーツを1着新調した。リクルートスーツと見た目は同じようであるが、ジャケット襟のVゾーンがやや広く大人っぽいデザインとなっている。
そのおろし立てのスーツを着用し身支度を整えると余裕を持って、研修がおこなわれる都内郊外にある会社の研修センターへと向かった。
電車で向かう途中、先週の研修中に講師が言っていた事が頭の中で何度もこだました。
---「来週の月曜と火曜は、1泊2日の課外研修となります。今までは室内でマナー研修や、実務研修中心におこなってきましたが、課外研修ではリクリエーションも兼ねて自然の中で、ちょっと趣を変えた研修をおこないます。研修ですのでスーツで参加して下さい。
内容は今はまだ伏せておきますが、研修は全て屋外でおこないます。場所と日程の都合上、雨天決行です。天候の如何に関わらず、スーツは必ず2着用意してくるようにしてください。」---
屋外研修でありながら雨天決行という研修に絵里子は雨が降ることを期待していたが、「あいにく」の晴れ模様だ。「せっかく、スーツを新調したのに・・・」と、少しテンションが下がり気味であった。
スーツは必ず2着用意するようにとのことだったので、就職活動のために大学時代に購入し何度か着て新入社員研修中にかなり着込んだ黒のリクルートスーツを持参した。スーツケースの中にはその黒のスーツの他にも替えの下着やブラウス、パンストにパンプスなどが入っている。その以外にも洗面用具やタオルなどが入っているが筆記用具や資料、ノートなどは一切入っていない。とにかく、今日の研修は現地で知らされることになっているが、着替え以外の持ち物は特に指定されていなかった。
研修センターに到着し、受付を済ませると、貴重品類や携帯電話などを含め全ての持ち物を預けることになっていた。
そして、研修中専用の社員証を渡されたのでいつものように首にさげた。念入りに防水加工が施されている以外は普段の社員証を変わらないように見えたが、よく見ると社員番号の代わりに2桁の数字が記されていた。研修中に使用するための整理番号らしかった。
晴れた日で陽気も暖かい中、屋外でリクルートスーツに身を包んだ男女が数十名集まっている光景は異様であった。絵里子は周りを見渡すと、どうやらみんなは、研修中に着込んでいたスーツを着ているようで、おろし立てのまっさらのスーツを着ているのは絵里子一人くらいのようであった。ちょっと恥ずかしくもあったが、変な優越感にも浸っている自分がいた。
研修開始だ。まずは男性の講師が担当のセッションらしい。2桁の番号が次々に読み上げられ男女各2名の4人の小グループに分けられていった。
「いったい何をするんだろう・・・。」と絵里子は思った。
研修の内容が説明される。
---「みなさんよろしいでしょうか? 最初の屋外研修は【水集め】です。何の道具も持っていないと思いますが、このバケツを水で満たして下さい。ただし、バケツはここに置いたままで持ち運んだりして移動させてはいけません。小川や人工池、噴水など水源は色々ありますが、どうやって水をバケツまで運んでくるか。敷地内にあるものなら何でも利用して構いません。
今日と明日の研修結果は点数化して今までの社内研修結果にも加点します。ご存知のように10月のみなさんの希望配属先を決める上で、研修中の点数がものをいいます。この課題は1位が10点、以下1点ずつ下がっていき10位が1点となります。個人戦ではなくグループ戦ですので、他の人の足を引っ張らないようにしながら、4人で協力して知恵を絞って頑張って下さい。では、はじめてください。」---
各チームともいきなりは動かず、話し合ってアイデアを出し合っているようだ。あるチームは早速動き出し、4人が散り散りになって何かを探しにいったようだ。缶や空き瓶などが落ちていないか探しにいったようだ。
絵里子は「そんなことしても無駄だわ。講師だってバカじゃないんだから、水をすくえるようなものが無いように事前にチェックして、あったら撤去しているはずだわ。センター内は綺麗だし掃除だってしょっちゅうされてしっかり管理が行き届いているはず・・・」と心の中で思っていた。
実は、絵里子は、この課題を出されてほぼ瞬時に方法を見つけだしていたが、すぐに実行するわけにはいかなかったし、その必要もないと感じていた。
「他のチームの人は思いつかないだろうし、思いついても直ぐにはできないわ。私がその方法をやったら、他のチームにもしかしたら真似されるかもしれないから・・・・、グループのみんなの協力で一気にやる必要があるわ・・・。」と考え、グループの仲間に自分のアイデアを話し始めた。 ~(4)に続く~
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