雨の中の散歩(5) 【最終章】
2日間にわたる新入社員の屋外研修がようやく終わった。
研修所で解散となり、各自帰宅することとなった。絵里子も茜も昨日はスーツのまま川には行ってびしょ濡れになってしまったが、今は2人とも2着目のスーツを着用している。絵里子は大学時代から着ている黒のリクルートスーツ。茜も同じく大学時代から着用しているリクルートスーツであったが、色は濃紺だ。
解散となった後の研修所のエントランスにはスーツ姿の新入社員が大勢立ち止まっている。まだ午後3時過ぎであった事もあり、これから都内に出て飲み屋にいこうなどと話している者が多いようだ。そういった男子達に交じってついていく女子も数名いるようであった。
昨日の研修でスーツ姿でびしょ濡れになって注目を浴びた絵里子と茜にも当然ことながら、多くの男子から飲みのお誘いのオファーがきたが、絵里子と茜は、男子からの誘いは全て断った。二人は一緒に帰り、途中下車して茜のお薦めであるイタリアンレストランでご飯を食べる約束をしていたからだ。
絵里子と茜は、この研修を通じて接点を持ったが、たまたま同じ電車で最寄り駅も近い事が分かり二人の仲は急速に良くなった。車中、絵里子と茜は色々な話しをしたが、茜の興味は昨日の出来事に注がれた。
「えりちゃんって、勇気あるよね。昨日、スーツ姿のまま池の中に入ったりして。男子もだれもあそこまではしなかったのに。」
「茜ちゃんだって、最終的には飛び込んだじゃない。」
「1位になりたかっったし、それに・・。」
「それに・・・何?」
「えりちゃん一人にあそこまでやらせちゃって悪いと思ったし、私だって査定のかかった研修で、できるだけ多くポイント稼ぎたかったのよ。いまだから言っちゃうけど、私にだって会社のため、チームのため、人のために川に飛び込む事くらい出来るってところを見せたかったし。」
「茜ちゃん真面目だね。」
「それは、先に飛び込んだえりちゃんのほうがもっと・・・」
「違うの・・・。査定がかかった研修だったからというのもあるけど、私が飛び込んだのにはもう一つ理由があって・・・でも今は言えないわ。」
茜は釈然としなかったが、敢えてそれ以上は絵里子に詰問しなかった。
ふと気が付くと目的の駅を通り過ぎてしまっていた。次の駅で降りて逆方向の電車に乗り換えることにした。駅で電車を待っているときに空を眺めるとまだ午後3時だと言うのに空は雲で薄暗くなっていた。
10分ほどすると逆方向の電車が来たので、それに乗って本来降りるべきだった駅で下車して茜おすすめのイタリアンレストランへと歩いて向かった。駅から12、3分という中途半端な所ということだ。国道沿いとの事なので普通は車で行くようなところなのだろう。
歩いて5、6分すると顔や手に冷たいものを感じた。雨だった。ポツポツとまだ小雨でたいした事がないが空模様を見るかぎりもっと降ってきそうな様子であるのは誰の目にも一目瞭然だった。
「茜ちゃんは、傘持ってるの?」
「私、持ってないの。えりちゃん悪いけど一緒に入れてくれる?」
「・・・あの・・・実は、私も持ってないのよ・・・。」
「えっ、えりちゃんも持ってないの? じゃあ走りましょう。走れば2,3分で着くからそんなに濡れなくても済むわ。」
絵里子はそんな茜の会話のトーンに今までとは違うものを感じた。
茜が道を扇動する形で絵里子の前を走った。雨足はわずかの間で信じられないほど強くなってきた。走りながら2人とも髪の毛やジャケットの肩部分がびしょ濡れとなった。頬から首を伝わってブラウスの襟も濡れ始めてきた。
けっこう走るのかと思ったら意外にも2分程度でお店に到着した。お店に入りようやく雨から逃れることができた。2人ともお店の入り口の待合室のようなところで髪やスーツの濡れた部分を拭くためにキャリーバッグからタオルを取り出した。
2人とも昨日池に入ってずぶ濡れとなったスーツがビニール袋に包まれて入っていた。お互い相手のキャリーバッグの中を無意識のうちにチラッと見た。
すると、お互いのスーツケースの中に「折りたたみ式傘」が入っているのを確認した。 絵里子も茜も、相手の視線を感じ心の中で全く同じことを思った。
「・・・(傘持ってるの見られた! でも、なんでさっきは傘を持ってない、なんて私に言ったんだろう。)」
食事中もお互い、「傘」のことが気になっていまいち会話が弾まなかった。絵里子は全てを察知して、茜に言った。
「茜ちゃん、今日この後、私の家に遊びに来ない? ここからだと歩いて1時間半くらい。さっきのでスーツけっこう濡れちゃったし、どうせなら思い切って雨の中、全身びしょ濡れになりながら散歩してみない?」
「えりちゃん・・・」
「私けっこうスーツ持ってるし、もし明日会社に着ていくスーツの替え持ってないようだったら貸してあげるから。」
「それはいいんだけど・・・えりちゃんって・・・」
「何?」
「さっき、電車の中で、昨日研修中に川に飛び込んだ理由がもう一つあるって言ってたでしょ?」
「・・・。」
「その理由、私、分かったかも。たぶん、私も同じ理由よ。そうなんでしょ?」
「茜ちゃん・・・。」
「えりちゃん、昨日、池の中に入った時、気持ちよかったんでしょ?」
「・・・うん。茜ちゃんもなのね。」
2人にはこれ以上、相手のことを確認し合う言葉は必要無かった。
店を出て、傘も差さずに雨が降りしきる中、国道沿いをキャリーバッグを手で引きながら歩き続けた。雨でリクルートスーツのジャケットやタイトスカートはもちろんインナーのブラウスや下着までもびしょ濡れになっていった。髪の毛もまるでシャワーでも浴びたかのような状態だ。
途中、公園があり噴水広場があった、雨だからだろうか、人は誰もいなかった。絵里子と茜の貸し切りだ。二人は心行くまで噴水の水を頭から浴び、水を掛け合った。
そして、膝かさまで水がたまった人口池の中で、レスリングみたいな事をしてお互い相手を押し倒そうと躍起になった。膝まで水に浸かっていては思うような体勢を維持できず、二人は同時に側面から池の中に倒れ込んだ。そして二人は微笑んでお互いの顔をみながら、池の中でうつ伏せになったり、四つん這いになったりした。
しばらくすると、さすがに飽きてきた。
二人とも就職活動のときに着ていたリクルートスーツをずぶ濡れにし、髪の毛やタイトスカートの裾から水滴を垂らしながら、雨の中の散歩を再開した。 (完)
研修所で解散となり、各自帰宅することとなった。絵里子も茜も昨日はスーツのまま川には行ってびしょ濡れになってしまったが、今は2人とも2着目のスーツを着用している。絵里子は大学時代から着ている黒のリクルートスーツ。茜も同じく大学時代から着用しているリクルートスーツであったが、色は濃紺だ。
解散となった後の研修所のエントランスにはスーツ姿の新入社員が大勢立ち止まっている。まだ午後3時過ぎであった事もあり、これから都内に出て飲み屋にいこうなどと話している者が多いようだ。そういった男子達に交じってついていく女子も数名いるようであった。
昨日の研修でスーツ姿でびしょ濡れになって注目を浴びた絵里子と茜にも当然ことながら、多くの男子から飲みのお誘いのオファーがきたが、絵里子と茜は、男子からの誘いは全て断った。二人は一緒に帰り、途中下車して茜のお薦めであるイタリアンレストランでご飯を食べる約束をしていたからだ。
絵里子と茜は、この研修を通じて接点を持ったが、たまたま同じ電車で最寄り駅も近い事が分かり二人の仲は急速に良くなった。車中、絵里子と茜は色々な話しをしたが、茜の興味は昨日の出来事に注がれた。
「えりちゃんって、勇気あるよね。昨日、スーツ姿のまま池の中に入ったりして。男子もだれもあそこまではしなかったのに。」
「茜ちゃんだって、最終的には飛び込んだじゃない。」
「1位になりたかっったし、それに・・。」
「それに・・・何?」
「えりちゃん一人にあそこまでやらせちゃって悪いと思ったし、私だって査定のかかった研修で、できるだけ多くポイント稼ぎたかったのよ。いまだから言っちゃうけど、私にだって会社のため、チームのため、人のために川に飛び込む事くらい出来るってところを見せたかったし。」
「茜ちゃん真面目だね。」
「それは、先に飛び込んだえりちゃんのほうがもっと・・・」
「違うの・・・。査定がかかった研修だったからというのもあるけど、私が飛び込んだのにはもう一つ理由があって・・・でも今は言えないわ。」
茜は釈然としなかったが、敢えてそれ以上は絵里子に詰問しなかった。
ふと気が付くと目的の駅を通り過ぎてしまっていた。次の駅で降りて逆方向の電車に乗り換えることにした。駅で電車を待っているときに空を眺めるとまだ午後3時だと言うのに空は雲で薄暗くなっていた。
10分ほどすると逆方向の電車が来たので、それに乗って本来降りるべきだった駅で下車して茜おすすめのイタリアンレストランへと歩いて向かった。駅から12、3分という中途半端な所ということだ。国道沿いとの事なので普通は車で行くようなところなのだろう。
歩いて5、6分すると顔や手に冷たいものを感じた。雨だった。ポツポツとまだ小雨でたいした事がないが空模様を見るかぎりもっと降ってきそうな様子であるのは誰の目にも一目瞭然だった。
「茜ちゃんは、傘持ってるの?」
「私、持ってないの。えりちゃん悪いけど一緒に入れてくれる?」
「・・・あの・・・実は、私も持ってないのよ・・・。」
「えっ、えりちゃんも持ってないの? じゃあ走りましょう。走れば2,3分で着くからそんなに濡れなくても済むわ。」
絵里子はそんな茜の会話のトーンに今までとは違うものを感じた。
茜が道を扇動する形で絵里子の前を走った。雨足はわずかの間で信じられないほど強くなってきた。走りながら2人とも髪の毛やジャケットの肩部分がびしょ濡れとなった。頬から首を伝わってブラウスの襟も濡れ始めてきた。
けっこう走るのかと思ったら意外にも2分程度でお店に到着した。お店に入りようやく雨から逃れることができた。2人ともお店の入り口の待合室のようなところで髪やスーツの濡れた部分を拭くためにキャリーバッグからタオルを取り出した。
2人とも昨日池に入ってずぶ濡れとなったスーツがビニール袋に包まれて入っていた。お互い相手のキャリーバッグの中を無意識のうちにチラッと見た。
すると、お互いのスーツケースの中に「折りたたみ式傘」が入っているのを確認した。 絵里子も茜も、相手の視線を感じ心の中で全く同じことを思った。
「・・・(傘持ってるの見られた! でも、なんでさっきは傘を持ってない、なんて私に言ったんだろう。)」
食事中もお互い、「傘」のことが気になっていまいち会話が弾まなかった。絵里子は全てを察知して、茜に言った。
「茜ちゃん、今日この後、私の家に遊びに来ない? ここからだと歩いて1時間半くらい。さっきのでスーツけっこう濡れちゃったし、どうせなら思い切って雨の中、全身びしょ濡れになりながら散歩してみない?」
「えりちゃん・・・」
「私けっこうスーツ持ってるし、もし明日会社に着ていくスーツの替え持ってないようだったら貸してあげるから。」
「それはいいんだけど・・・えりちゃんって・・・」
「何?」
「さっき、電車の中で、昨日研修中に川に飛び込んだ理由がもう一つあるって言ってたでしょ?」
「・・・。」
「その理由、私、分かったかも。たぶん、私も同じ理由よ。そうなんでしょ?」
「茜ちゃん・・・。」
「えりちゃん、昨日、池の中に入った時、気持ちよかったんでしょ?」
「・・・うん。茜ちゃんもなのね。」
2人にはこれ以上、相手のことを確認し合う言葉は必要無かった。
店を出て、傘も差さずに雨が降りしきる中、国道沿いをキャリーバッグを手で引きながら歩き続けた。雨でリクルートスーツのジャケットやタイトスカートはもちろんインナーのブラウスや下着までもびしょ濡れになっていった。髪の毛もまるでシャワーでも浴びたかのような状態だ。
途中、公園があり噴水広場があった、雨だからだろうか、人は誰もいなかった。絵里子と茜の貸し切りだ。二人は心行くまで噴水の水を頭から浴び、水を掛け合った。
そして、膝かさまで水がたまった人口池の中で、レスリングみたいな事をしてお互い相手を押し倒そうと躍起になった。膝まで水に浸かっていては思うような体勢を維持できず、二人は同時に側面から池の中に倒れ込んだ。そして二人は微笑んでお互いの顔をみながら、池の中でうつ伏せになったり、四つん這いになったりした。
しばらくすると、さすがに飽きてきた。
二人とも就職活動のときに着ていたリクルートスーツをずぶ濡れにし、髪の毛やタイトスカートの裾から水滴を垂らしながら、雨の中の散歩を再開した。 (完)
そうですね。
今回のストーリーも、私自身続けようと思えば続けられますが、
余韻を残して、終わりにしてしまいました。(笑)
また、次回も楽しみにお待ち下さいね。
投稿: OLS管理人 | 2009年12月19日 (土) 16:41
なるほど、そういうことなんですね。ご説明ありがとうございます。
次のシリーズも楽しみにしています。
ところで、実は私はこの「雨の中の散歩」の続きのストーリーが頭に浮かんでしまいました。本来ならここで終わりなんでしょうが、どうかお気を悪くされないでください。
投稿: ココーズ | 2009年12月19日 (土) 14:32
>ココーズ さんへ
コメントありがとうございます。
雨天決行という設定だったので絵里子達に限らず参加者全員
着替えは持参だったのですが、「晴れて」しまったので結果的に
絵里子と茜にしか必要なかったことになります。(笑)
このシリーズはこれで終わりですが、また別人の「絵里子」の
登場をお楽しみに!
投稿: OLS管理人 | 2009年12月15日 (火) 23:01
はい、すばらしいストーリーをありがとうございます。「茜」は私の予想通り、同じ趣向の持ち主だったんですね。
「男子からの飲みの誘いはすべて断る」私はこういう人物設定が個人的に好きです。また、私個人的にも居酒屋よりイタリアンが好きです。
しかし、2日目は午後3時までは、濡れるようなことはなかったようですね。としたら、絵里子と茜以外の人たちには「着替えのスーツ」は必要なかったのかもしれません。(笑)もっとも、言い換えれば、ほかの人たちには勇気が不足していたとも言えるようですが。(笑)
とにかく、絵里子にとっては、茜というすばらしい出会いがあったことと思います。
投稿: ココーズ | 2009年12月15日 (火) 20:31