雨の中の散歩(1)
毎年、梅雨や台風の時期になると絵里子は、雨の中を傘もささずに歩きたくなるという不思議な感覚に陥る。雨の中、近所の公園や海岸まで散歩しながら頭のてっぺんからつま先まで着ている服まで全身びしょ濡れになると何とも言えない快感を得る。どうしてそうなるのか・・・自分でも分からないが、ただそうなるのだとしか言えない。
はっきりと思い出すことは出来ないが、絵里子は中学時代か高校時代の時、学校帰りに急に夕立にあって制服姿のままずぶ濡れになってしまったことがある。
びしょ濡れの制服姿で街を歩いて帰宅した時に周りの人にじろじろ見られた恥ずかしい思い出・・・、制服はもちろんの事、下着までも濡れてしまい、さらには濡れた制服が体にまとわりつく気持ち悪い感覚・・・当時の記憶は今でも鮮明に残っている。
しかし、いつの日からか、服を着たまま雨に打たれてびしょ濡れになると快感を感じるようになった。
大学を卒業し、無事希望の商社に就職することができた絵里子は新入社員となってまだ3ヶ月足らずであった。研修は10月までの半年間続き、研修期間中は制服は支給されず、自前のスーツで過ごすことになっている。まだ本社内での実務研修が主体であるが、その内に屋外研修や、泊まり込みの研修などもあるとのことだ。
新入女子社員にも容赦ない厳しい研修は業界内でも有名らしく、半年と持たずにやめていく新入社員も多いとのこと。そうした事情もあって、会社は数年前から研修期間中には新入女子社員に制服を支給しない方針になったようだ。
新入社員となって日が浅く、まだお金もそれほど貯まっていないため、スーツを新調するほどの余裕のある新入社員はいない。絵里子もその一人だ。
研修には、就職活動中に着用していた黒と濃紺のリクルートスーツを交互に着回している。どちらのスーツも大学時代に数回着た程度であったので、入社した頃は新品同様であった。しかし、交互に着回しているとはいえ、さすがにほぼ毎日着ていると生地がだんだん萎えてきて、スカートのお尻やジャケッの背中が皺になりやすくなってきた。撥水効果もほとんどなくなりつつあった。
6月のある月曜の朝、天気予報がずばり当たり、朝から雨となっていた。
絵里子は、自宅の部屋の窓から雨の降る様子をじっと見つめていた。週末の帰宅時ならいざしらず、今日は月曜の朝だ。スーツを濡らすわけにはいかない。こうした状況が、絵里子にとってはストレスとなった。雨が降っているのに、服を着たまま雨の中を散歩できない。
新入社員となってから、厳しい研修のストレス解消として何度か雨の中を散歩してスッキリした事はあるが、いずれも会社が休みの日で私服姿であった。リクルートスーツ姿で、雨の中を散歩したことは意外にもまだ一度も無かった。
「スーツのまま雨に濡れると、どんな感覚になるんだろう・・・。」
絵里子は、窓の外を眺めながら物思いにふけっていた。 ~(2)に続く~
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