着衣水泳部への体験入部
~ プロローグ ~
絵里子は、この春、大学に入学したものの、授業はもちろんのことアルバイトや一人暮らしの生活に慣れるのに必死で、ようやく気持ち的に余裕が出てきたのは六月になってからだった。交友関係を広め、学生生活をさらに充実させ楽しいものにしようと考え、人よりも一歩遅れてサークル探しを始めた。
そんな時、キャンパス内の自由掲示板で、ふと絵里子の目に飛び込んできたのは、水泳部ならぬ「着衣水泳部」の新入生募集の張り紙だった。なんとも斬新で不可思議な響きを持った単語だった。これが自分の運命を変えることになろうとは絵里子は思ってもいなかった。
「(着衣水泳って何?聞いたことあるようなないような。面白そう・・・かも。)」
絵里子は自分がカナヅチであることも忘れ、貼り紙に書かれている連絡先に早速電話していた。
~ 中略 ~
電話を切った時、なぜか絵里子の心は弾んでいた。すでに、絵里子は今度の日曜日に実施されるという着衣水泳部の体験入部に参加する意思をかためていた。時期も時期なので、これが最後の体験入部説明会だということだった。これを逃したら、一生、着衣水泳を体験できないような気がして、何が何でも参加しなくてはという感覚に陥っていた。
「(水着は持っていく必要ないんだよね。普段の恰好とか、コスプレとか、本来なら濡らしちゃいけない服とか・・・濡れるのを楽しむサークルだから、好きなだけ服を持ってきてくださいとか言ってたけど・・・私・・・何持って行こうかな・・・。)」
自分が泳げないことを不安に思いつつも、服を着たまま濡れるという不思議な体験への好奇心が頭の中を支配し始めた。
帰宅して、クローゼットを開けると、黒のスーツが目に飛び込んできた。入学式で着用したきりになっていたものだった。その隣には濃紺とライトグレーのスーツもハンガーにかかっている。これらは、塾講師のアルバイトで着用しているものだった。週4日もアルバイトをしているため、スーツは着用感があり、スカートには座りじわやテカリが目立つ。
普段、大学の授業などに着ていったりする私服はなぜか着衣水泳で使うことに抵抗があった。スーツなら「仕事(アルバイト)着」ということで気持ちの割り切りができると考えた。
そんなわけで、絵里子は、体験入部には、3着のスーツを持っていくことに決めた。体験入部の翌日に塾のアルバイトがあることなど、今はどうでもよかった。着衣水泳という未知の体験に思いをはせていた・・・。
本編へ続く
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