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2022年3月11日 (金)

制服でうっぷん晴らし…ストーリー公開

 小説執筆でスランプに陥っていた絵里子は、偶発的な出来事により田んぼの中でリクルートスーツ姿で泥だらけになるという経験をし、自信を取り戻したのであった。

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 その後の就職活動にも良い影響をもたらし、某出版社への就職が決まった。もともと、過去の実績もあるので、小説家としてやっていけたらと思っていたが、冷静に将来の事を考えると小説家として生計を立てていくのは難しいので、保険として一時的に社会勉強も兼ねて就職し、空いた時間で執筆活動をしようと考えたのであった。
 もちろん、二足の草鞋とうのは非常に困難なことだと想像はしたが、逆に言えば「生活のための仕事」で心身ともに疲れるくらい大変だとしても「好きな活動」にほとんど時間を割けないのであれば、そもそも「好きな活動」で生計を立てたいという自分の意思はその程度のものだったということになる。絵里子はそのことを理解していたので、就職後も執筆活動の時間を確保する計画であった。
 
 絵里子は出版社の事務職としての採用が決まったのであるが、絵里子の過去の執筆活動や面接時に語った様々な事・・・さらには、近い将来小説家になって文壇にデビューするという決意を感じ取った出版社側は、事務職でありながら編成部員としての役割も与えることにしたのであった。
 そして、編集長裁量で課されたコラムを書いたりして、それが人目に触れ、その反応をみられる機会を得ることは絵里子のためになるだろうという会社の提案であった。これは前例のないことであるが、会社は絵里子の才能に投資したという事になる。絵里子にとっては、自分が書きたい小説の連載というわけではないが、文章を書くという点では共通しており、重要なことに書いた文章に対する評価を実際に購読者から得られる場が与えられるのは、新卒したての新入社員である絵里子にとってはこの上ないチャンスでもあった。絵里子が入社を決断したのは、このことが大きな要因であったのだ。

 絵里子は出社すると更衣室で私服から事務服である会社指定の制服に着替える。研修期間中はリクルートスーツであったが、研修が終わった後は会社支給の制服着用が義務づけられていた。というのも、出版社内での事務職は、デスクワークだけでなく梱包された出版物を段ボールなどに入れてカートにのせて運搬したり、インクで汚れた試し刷りされた大量の印刷物を整理したり処分することがあるので、汚れてもいいようにとの配慮により、昔から私服ではなく制服着用が義務ということになっているらしい。
 女性事務職の人たちは白ブラウス、濃紺地に白のストライプが入ったベスト、その上に紺色の上着、下はやや長めの紺色タイトスカートという地味な制服を着用する。

 制服を着て仕事をするようになって数カ月が経過していた。
 なんと、既にいくつかの出版物のコラムを任されていて、絵里子の仕事は事務的なものよりもコラム執筆の方が圧倒的に多くなっていた。絵里子のコラムは、彼女の膨大な読書量に裏打ちされた語彙の星々による独自な文体、新鮮な切り口で、かつ分かりやすいと評価は上々であった。
 購読者アンケートによる評判は、ジャンルによってはベテランのコラムニストたちを押さえてトップの評価を得ていた。彗星の如く現れた新人コラムニストは出版界はじめ、一部のマスコミ業界では早くも噂となっていた。しかし、絵里子がそのコラムニストであることはトップシークレットで、社内で実態を知っているのはごく少数であった。

 
そうした社の期待と思惑とは裏腹に、絵里子は今の自分の立ち位置に迷っていた。自分の書いたものに対して良い評価をもらえるのは嬉しいことではあるが、それでは本当に満たされた気持ちにはなれなかったのだ。
 なぜならば、絵里子は自分が「書きたいもの」を「書きたい気分」の時に書くことによって自分の力を最大限に引き出せることを知っていた。しかし、今は、女性受けし発行部数を稼げる内容だからということで上司から執筆をお願いされている「ダイエット」「グルメレポ」「ファッション」といった内容ばかりであった。評価は得られたとしても、心の充足感はなくストレスが溜まっていくばかりであったのだ。

 そんなある日、絵里子は会社の制服に着替え終わり、ふっきれたように上司のところに向かった。
 「自分の気持ちはごまかせません。やはり私は小説を書きたいです。これまでのご配慮には感謝いたします。社への迷惑を最小限におさえるため、各コラム連載の1クール目の執筆が終わった今かと考えた次第です。編成部員として誌面の割り振りやタイムスケジュールもそれなりに分かっているつもりです。今なら編成的にも差しさわりないかと思いまして・・・」
 と言い、辞表を提出した。
 突然の出来事に対し、コラムニストとしての顔を持つ絵里子の事情を知っている数人の上司たちは不思議に思った。傍から見れば入社して間もないのにコラムニストとしての地位を確立しつつある絵里子が今の恵まれた環境を捨てるという行動は信じられなかったからだ。
 普通なら今の状況に満足し受け入れ継続することであろうが、絵里子は違った。今の立場に未練などなかった。その未練に引きずられると自分の夢の達成が遠のくであろうことを直感的に感じた。たとえ、うすうすそう感じても自分の才能を信じきることができなければ辞表など出せないはずだった。絵里子には自信があったのだ。
 第一に、絵里子にとっては、心から書きたいと思っているものでないものを書いているという現状から早く脱却したかったのだ。

 幸いなことに上司たちからの野暮な引き留めはなかった。なぜなら絵里子の想いを容易に汲み取ることができたからだ。彼らも、実は絵里子と同じような想いをもって入社したものの、いつしか仕事に忙しいことにかこつけて自分の夢の達成のために一歩踏み込む勇気が持てなかったという過去を持っていた。
 結婚して子供ができてからは、家庭を守らなくてはならないという「現実」が優先され、どんな状況下でも夢の達成のために行動しなくては花開かないという「真実」から目を背けて今を生きることしかできなかったのだ。だから、上司たちは「過去の自分」を絵里子になぞらえて、彼女を応援するために辞表を快諾することにしたのであった。一瞬、絵里子の行動を不思議に思ったが、すぐに上司たちは全てを汲み取った。
 「今月末までとは言わず、今日限りで退社でも構わないよ。急だけど手続きは任せておいて。署名が必要な書類に関しては郵送するから署名して返送してもらえればよいから。あと、給与は今月分も満額払うから心配しないで。・・・・やっぱり、自分の気持ちに正直に行動するのが一番だよな~。俺も昔・・・あっ、今まで嫌な事、おしつけて書かせていたみたいで申しわけなかったね。

 「いえいえ、そんなことおっしゃらないでください。嫌な事ではなかったですよ。むしろ好きな事です。ただ、今申し上げた通り、本当に心から欲して自分が書きたいものではないということです。我がままですが、本当に書きたいものだけを書きたいのです。そうでないことを書くことは私にとってストレスになるのです。」
 

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 絵里子は上司からの粋な計らいに甘えることとし、今日限りで退職することにした。私物はほとんどないので持ち帰るものは数える程度であった。机の中にあるこまごまとしたものをバックに入れ、今着ている制服を会社に返却すればよいだけだ。
 私物などを入れるために自由に使用してもよいことになっている個人ロッカーの中に研修中に着用していた黒のリクルートスーツ一式がそのままになっていることを思い出した。普段は更衣室の方のロッカーに制服を置いていてそこで出勤時と退勤時に着替えることになっているので、私物入れのロッカーのリクルートスーツをあやうく忘れる所であった。
 ・・・・絵里子は、ふといけないことを考えはじめた。私服で社を出た後、駅のトイレで、もう着る機会がないリクルートスーツに着替えて、そのままあの田んぼに行って泥んこ遊びをしようというものだった。遊んだあとは私服に着替えて帰宅すればよいわけだ。急な事なので下着の替えは無いが、あの田んぼから自宅までは歩いてすぐなので、私服に着替えさえすれば人目についても問題ない。ロッカーの中のリクルートスーツを取り出し、折りたたんでバックの中にいれると数時間後の運命を想像してまじまじと眺めた。
 その一部始終を直属の上司が見ていた。絵里子の入社面接時の担当官の1人であり、絵里子のことを理解している者であった。
 「また、泥んこ遊びしたくなったのかな?リクルートスーツじゃもったいないから、今着ている会社の制服でやっちゃいな。餞別としては味気ないけど。(笑)」
 「でも、制服って規定で返却しないといけないのではないですか?」
 「決まりはそうだけど、返却してもらった後はどうなるか知ってる?」
 「(・・・・。)」
 「結局は処分するんだよ。一時的に保管されるけど、退社した女子社員のものとか、生地が破れたり、ボタンが外れたり、座りジワがひどくなってクリーニングしても治らないいものとか、生地がテカってきて劣化したものは
新品の制服と引き換えて、回収した中古の制服は年度末にまとめて業者に引き取ってもらうんだよ。その費用も馬鹿にならないって・・・総務部長が言ってたよ。(笑)」
 「そうなんですか・・・。でも、私が返却しないとすぐにわかってしまうんじゃないですか?」
 「大丈夫なんだ。総務部長って、君が最終面接のときに私と一緒にいた人間だからね。制服の管理の最終責任者は彼なんだ。私の同期でもあってね。事情を話して、業者へ引き渡す際の数合わせのお願いをすればいいだけだよ。制服の転売や盗難を防ぐために管理しているわけだけど、君の場合は用途は明らかだからね。(笑)

 「最終面接のお二人には泥んこ遊びの話、そういえばしましたね!その時に執筆のスランプを脱して自信を取り戻したってことも!」
 「今でもあの面接の事はよく覚えているよ。インパクトあったからね。(笑)だから、会社の制服をこれでもかというくらい泥だらけにしてたまった鬱憤を晴らしてスカッとさせなよ。それでまた執筆に専念しなさい。沙・也・加・先・生!(笑)」
 「あっ、はい!そうします。ありがとうございます!(笑)」

 終業時間になると制服姿のまま部内の人たちや、総務部長への挨拶を済ませると会社を後にした。そして、あの休耕田へと心弾ませながら向かった。

 (作・ジュテーム家康)

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