農業にあこがれて・・・(4)
ぬかるみの上にしゃがみこんで小休止をとっている絵里子は、タイトスカートのお尻の表地と裏地が徐々に泥水で湿ってくるのを感じていた。体験したことのない気持ち悪さであった。その気持ち悪さは、同時に、スカートにべったりと泥が付いてしまったことを意味するが、吹っ切れている彼女にとっては、汚れの事はもはや気にならない。
やがて、小休止終了の合図があり、再度田植えの開始である。どうやらこのターンで田植えは終わりとのことであった。田植えの作業は想像以上の重労働で体力をつかうため、参加者はみんな汗だくになり疲れはじめていた。絵里子もリクルートスーツ着用で作業をしていて、動きずらいタイトスカート姿に、暑い中ジャケットまで着込んでいたためかなり体力を消耗している。黒のタイトスカートのお尻部分と、裾の部分が泥でべったりと汚れている。灰色っぽい色なので汚れがよく目立つ。
・・・ついに、田植えの作業が終わった。重労働からの解放感から思わず田んぼの中で膝立ちをしてしまう。そしてそのままお尻をついて座り込んでしまった。泥の柔らかく生温かい何ともいえない感触が絵里子のお尻に伝わってくる。先ほど小休止の時にぬかるみに座っていたときとは違って気持ち良いという不思議な感覚に誘われていた。
就職活動用に1着しか持っていない、この黒のリクルートスーツ。今朝、家を出るときは、クリーニングを終えた状態で綺麗な状態だったのに、今はスカートの後ろと、ジャケットとブラウスの袖口辺りが泥だらけである。
田植えも終わり、体験会も終わりに近づいている。参加者は水田から上がると、参加者全員が順番に体験会参加の感想を一言ずつ発表することになっていた。そして、発表し終わると、恒例のイベントの開始である。強制ではないが、発表し終わった人は自ら休耕田に飛び込んで泥まみれになって参加者同士ではしゃぎ合うのである。大人が童心に戻って泥んこ遊びをするなんて、なかなか出来ない経験である。
絵里子の発表の順番は最後の方であった。彼女の前の人達まではみんな感想を述べた後に田んぼに飛び込んでいる。強制参加ではないが、さすがにみんな飛び込んでいる中、自分一人だけ飛び込まなくては興ざめであろうと感じていた。みんな泥まみれになって田んぼの中から絵里子の発表とその後の行動に注目している様子であった。
スカートが汚れた時点で吹っ切れていた絵里子ではあったが、さすがに田んぼに飛び込んだらどんな事になるかは分かっていた。でも、今さっき、水田の中でお尻をついてしゃがみ込んだときの何とも言えない気持ちよい泥の感覚を思い出した。飛び込んでうつ伏せになって泥の感触を感じながら田んぼの中を這ってみたい気分にも襲われて心の中では葛藤していた。そんな葛藤を抱きながら、淡々と参加者の前で発表を行っている。そして、ついにその瞬間がきた。最後の下りを述べながらも、彼女の心の中は決まっていた。
「ちょっと訳があってリクルートスーツで田植えに参加しちゃったのですが(笑)、これも多分、私が農業に身を捧げるための必然性だったのかなと・・・。この1着しかもっていないリクルートスーツを田んぼに捧げたいと思います!」
「バシャーン・・・」 参加者達にとっても意外な事だったのだろうか。一瞬の沈黙が会場を包み込む。
黒いリクルートスーツは一瞬にして泥だらけである、泥まみれの参加者の中でも一際、笑顔で気持ちよさそうに田んぼの中を這って進む絵里子の姿は目立っていた。他の参加者から泥を投げつけられたり、男性参加者達に捕まって両手足を持ち上げられ、田んぼの中に何度も投げ込まれたりもした。
もうリクルートスーツの面影は全くない。どこからがジャケットで、どこからがタイトスカートなのかの区別も付きにくいほど泥で汚れていた。泥まみれになることがこんなにも楽しくて気持ち良いものなのかと絵里子は至福の中にいた。 (完)

















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