水かけ遊びだけのはずが…ストーリー公開
あれからまだ数日しか経っていなかった。絵里子は数日前、濃紺のリクルートスーツで一人で泥んこ遊びをしたのだった。
一人よりも二人の方が面白いということで、絵里子は自分と同じく就職活動真っ只中の幼馴染である沙也加を誘って、今、一緒にあの田んぼにいる。昔、よくこの田んぼで遊んで泥だらけになって親に怒られたものだ。泥の掛け合いをしたり、田んぼの中で寝転んだりして泥人形になった記憶が蘇ってくる・・・。
今日は田んぼ脇の用水路の水や田んぼに張られている水をかけ合って遊ぶことにしていた。しかし、そのままでは終わらないであろうことは二人の間で暗黙の了解だった。
今、二人はなんとリクルートスーツ姿で畦道を歩いている。田んぼの中で動き回る小動物の様子を前かがみになって覗き込んでいる。すると沙也加の方に絵里子のおしりが必然的に突き出て見えた。絵里子は最近買ったばかりのチャコールグレーのリクルートスーツだったが、立て続けに面接などでスーツを酷使したうえにクリーニングに出す暇もなかったのかタイトスカートには座り皺が目立つ。沙也加はクリーニングをしたばかりらしく綺麗に整っていた。二人はリクルートスーツ姿で「いけない遊び」をすることを申し合わせていたのであった。
絵里子は沙也加と一緒にここに来るのは小学生の時以来だった。あれから10年以上の年月が経っているのだろうが、今の二人にとって何一つ過去を振り返る必要などなかった。後先を考える必要もない。
いまこの瞬間が永遠に続いてほしいと思った。蝉の声やトンボが気持ちよく飛び回る様子、田んぼの土の匂い、ぬかるんだ畦道、周囲の田園の風景・・・この自然がすべてなのだ。その中で二人は、いやヒトというものは生きているのだ。これから二人の身体は束の間の水遊びの後、その田んぼの泥と同化することになっていた。
「水かけ遊び始めようか!」
絵里子が掛け声をかけると、まずは自分が田んぼの中に入り用水が流れ込むあたりに向かった。そして、手で水を掬って沙也加に向かってパシャパシャとかけた。すぐさま沙也加は応戦する。準備よく水鉄砲を持参していたので絵里子よりも効率よく水をかけることができる為、絵里子のリクルートスーツはみるみるうちにずぶ濡れになっていった。チャコールグレーのスーツの濡れた部分が黒く変色していく。
勢いよく顔に水がかかりそうになると思わずそれを避けるように後ろを向く。絵里子はなすすべを失う。沙也加は絵里子のおしりや背中をめがけて水鉄砲で濡らしていく。圧倒的な差で沙也加が水かけ合戦を制する。
「ついでに泥の掛け合いもやろうか?」
と沙也加が誘導する。
世界の秩序が戦勝国の論理で形造られているように、この場は水かけ合戦を制した沙也加のペースでことが進んでいく。
「え~・・・まぁ、いいか。」
絵里子はおどけて嫌な表情をしてみせるが、待ってましたとばかりに心の中で小躍りした。ここに来る前から二人はこういう展開になることは織り込み済みであった。つまり二人はリクルートスーツ姿のまま泥だらけになる為にここに来たのであった。
泥かけ合戦では勝利したいと思ったのか絵里子がいちはやく沙也加のスーツに向かって泥をかけていくがうまく泥をかけられないでいる。すきを作ったら勝負は負けるものだ。
今度は沙也加のターンとなり、絵里子のリクルートスーツのスカートに向かって茶色の泥を次々とかけていく。下から徐々に上の方にかけていこうとすると顔に掛かりそうになり、またもや絵里子は後ろを向いてしまう。こうなっては沙也加の思うつぼである。勢いよくジャケットの背中やスカートのおりし部分へと泥をかけていく。
あっという間に絵里子のリクルートスーツは前後共に泥だらけになってしまった。泥かけ合戦の勝敗も早くも見えてきた。沙也加のペースで「泥かけ遊び」が進んでいく。
絵里子は田んぼの中に仰向けに寝かされて、まだ汚れていない部分のスカートやジャケットに泥をまんべんなくかけられていく。同じようにうつぶせの状態でも泥をかけられていく。
絵里子は泥で覆われたリクルートスーツ姿で田んぼのど真ん中で座り込んで放心状態である。沙也加に向かって泥をかけるが力無い。戦闘能力を失っているのか?・・・否、少女時代に二人で泥んこ遊びをした時の感覚が蘇ってきて、泥の感触を身体で感じながら陶酔(とうすい)していたのだ。
しばらくすると絵里子は立ち上がってジャケットを脱いだ。絵里子は心のエンジンをフルスロットルにしてブラウスにも泥を塗りたくっていく。二人の泥んこ遊びはまだまだ終わりそうにない。これから第二幕が始まるのであった・・・。
(作・ジュテーム家康)
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