内定決めたご褒美に…ストーリー公開
先日、絵里子は、転職活動の合間にひょんなことから自宅近くの田畑を散策することとなった。面接もないというのに思わず条件反射でリクルートスーツを着てしまったということもあり、そのまま散歩に出かけたのであった。
そして、畦道で足を踏み外して水田の中に落ちてしまい、大学時代に使用しその後クリーニングをしてクローゼットに保管してあった黒のリクルートスーツを泥だらけにしてしまった。もちろんそのリクルートスーツは自宅で洗ってクリーニングに出したものの泥染みがあまりにもひどく、染み抜きをしてもらっても二度と面接などの場で着用できない状態になってしまったのであった・・・。
しかし、絵里子はリクルートスーツを一式ダメにしてしまったものの不思議と気持ちは晴れやかであった。
ここ1、2週間、リクルートスーツのまま泥だらけになったあの時の感覚を思い出して、もう一度リクルートスーツのまま泥だらけになってみたいという心の衝動を抑えきれなくなっていた。
もちろん今でも転職活動を行っているので、リクルートスーツは必要だった。先日だめにしてしまったリクルートスーツとは別に、もう一式、黒のリクルートスーツを保有していた。先日のスーツは大学時代に4シーズン着用できるようにと購入した厚手の生地のものであったが、もう1着の方は、夏用であった。度重なる着用やクリーニングを繰り返すと必然的に生地も傷みやすくなるとのことで、黒の薄手のリクルートスーツを夏場に着用するメインのスーツとして大学時代に持っていたのであった。
この薄手の生地のリクルートスーツで最近は転職活動に励んでいた。しかし、生地が薄いのでスカートやジャケットが皺になりやすく、さらには大学時代に就職活動で夏場にかなり着用したせいかスカートのスリット部分がほつれて破れかかっていた。それは就活女子学生にとっては勲章で就職活動時の努力の証である。
絵里子は、最近の転職活動の面接にかなりの手ごたえがあった。実際いくつかの企業からは猛烈なラブコールを送られていて絵里子の決断次第で内定をもらえそうなところもある。もちろん、今の会社に就職したことの二の舞を演じることが無いように焦らず慎重に、自分の特性に合った仕事に就こうと考えていた。
そして、内定が決まった暁には、このリクルートスーツを着てまた泥だらけになって遊ぶことを計画していたのであった。「あの時の感覚」をもう一度味わうことを自分へのご褒美と決めて転職活動に励んでいるのであった。
それから数日後、第一志望に考えていた転職先の企業の人事担当者から連絡があった。今度の土日のいずれかに来社してほしいとのことだった。おそらくは最終的な意思確認、入社時期の相談など事務的な話をすることになるのだろうと推察した。
絵里子は、土曜日の朝、リクルートスーツに着替えて髪型を整え、全身のシルエットを自分の部屋にある姿見鏡で確認した。絵里子は、自分のリクルートスーツ姿を見て、なぜか一人で照れて顔が火照るのを感じた・・・否、照れたのではなく数時間後のことを想像して胸が高鳴り興奮したのであった。
そう、絵里子は今自分で見ているリクルートスーツ姿が、今日で見納めとなることを察知したのである。正確には、もうこのリクルートスーツは着れなくなる・・・ということであった。
最後に綺麗に整えたリクルートスーツ姿のシルエットと髪型を確認し自分の眼に焼き付けたのであった、外に出たら姿見鏡に映った姿を見ることはできないので、自分の頭のカメラに鮮明に保存したのであった・・・。
絵里子の思っていた通り、先日の企業からの連絡は入社の意思確認であった。絵里子は心の中で小躍りしながら、入社時期の折衝などを担当者とはじめたが、なぜか、身体がふわふわと浮くような感覚になり、担当者が話していることをうわの空で聞いているような感覚に陥ってきた。
-----(いつしか、絵里子はこの前の水田の敷地内にある蓮畑の中にリクルートスーツを着たまま寝転んで、気持ちよい感覚に浸っていた。リクルートスーツはあっという間にスカートもジャケットも泥だらけになっている。泥の中で、もがくようにしたり、脚をおもいっきり開いて歩いたり、子供のように自由気ままに泥の中で遊んでいる。リクルートスーツは台無しだが、絵里子は快感で夢心地である。ドーパミンなどの脳内ホルモンが分泌され心が落ち着いている。しばらくすると絵里子はもっと自由に脚を動かせるようにするために、両手をスカートの後ろに回しておもいっきりスリットを引き裂いて破こうと思った。もともとスリット部分はほつれていたので力を入れて引っ張ると簡単に破けていく。タイトスカートのスリットは絵里子の想定以上に深く破けていていることが感覚的わかった。太ももやおしりがあらわになっているだろうが、絵里子は自分ではその様子を見ることはできない。しかし、絵里子はそんなことを気にすることなく泥との同化に没頭している。そしてジャケットを脱いでブラウス姿になった。タイトスカートはスリットが破け、上半身はブラウス姿になったせいでだいぶ動きやすくなった。そして、さらに大胆に泥と戯れようと思った・・・。)------
「青野さん。青野さん?・・・青野絵里子さん?どうされましたか・・・?」
絵里子はふと我に返る。
「すみません、ちょっと入社日をいつにしようか考え込んでいまして・・・。」
「何度かお呼びしても反応がないのでどうしたのかと。来月からにしますか、それとも再来月からにしますか?今の御勤め先の会社との契約や手続きなどもあると思いますので青野さんの希望で構いませんよ。」
「あっ、はい、ありがとうございます。内定をいただき次第、今の会社に辞表を出すつもりでおりました。ですので、この週明けにでも辞表をだして、今月いっぱいで辞められるかと思います。有給もかなりたまっていると思うので・・・。」
「なるほど、有給の消化などもあるかと思いますから再来月の初日営業日からの入社でいかがですか?」
「はい、よろしくお願い致します。」
そんな事務的なやり取りをしていた最中も、絵里子は、頭のカメラで朝自宅で撮った自分の姿見鏡の像と水田のぬかるみをオーバーラップさせていた。そして、白昼夢のごとく絵里子の頭を占有していた。
「(このリクルートスーツもう着ないから・・・【あんなふうに】泥だらけにしちゃってもいいんだよね・・・)」
絵里子はリクルートスーツ姿に視線を落とす。鼓動がはやくなるのを感じた。先ほどの夢想のような光景は、これから具現化することの青写真だった。
リクルートバックはパンパンに膨れていた。ファスナーを開けると、今朝、自宅を出るときにバックの中に詰め込んだ着替えの私服やタオル、下着や靴下、パンプスなどが入っているのを再度確認した。準備万端である。
転職先の会社への入社日も確定し、晴れやかな気分になった絵里子は、とろけるような表情で内定先の企業を後にした。(完)
コメント