転職活動中の悲劇と快楽…ストーリー公開
久しぶりに絵里子はリクルートスーツに袖を通した・・・。
社会人になり数年が経とうとしていた。人はみな生きていくために生活の大半の時間を仕事にささげるものだが、絵里子にとってはその仕事というものが単調なデスクワークばかりであった。そのルーティンの作業に飽き飽きとしていた。思い切って転職しようと、次の仕事を探す決意をし、最近になって転職活動を始めていた。会社が休みの土日は面接に応じてもらえる会社があれば、かたっぱしから出向いて転職活動をする力の入れようであった。
学生時代に就職活動で着たり、新入社員として研修期間に着用していた黒のリクルートスーツを今でも大切にクローゼットにしまってあった。体型もほとんど変わっていないため今でもちょうどよく体にフィットした。絵里子は、まさか、このリクルートスーツを再び着る事になろうとは・・・と思ってもいなかった。
ある土曜日の朝、絵里子は、つい条件反射でリクルートスーツを着て出かける用意をしてしまった。考えてみれば、今日は転職活動の用事など入れていなかったのだ。ゆっくり家でゴロゴロしていれば良いと思ったが、リクルートスーツに着替えてしまったので、すぐに普段着に着替えなおすのもバカバカしいと思い、リクルートスーツのまま散歩しようと思った。
外は蒸し暑かったが、ブラウスの上にしっかりジャケットも着こんで散歩に出かけることにした。緊張感をもって気を引き締めた状態を維持したかったからだ。
自宅の近くは田畑が広がっていて自然豊かな場所が多いので、綺麗で新鮮な空気を吸いながら散歩して心身ともにリフレッシュするにはちょうどよかった。自宅の周りにこんなにも自然があるのかと絵里子はうれしく思った。普段、仕事などで忙しく時間に追われて生活していると身近なものに目がいかなくなるものだ。
絵里子は今一度、転職活動の方向性などを考えながら、自然の中を歩きながら何か良い考えがひらめかないかと思いながら散歩し始めた。
しばらくすると、一面の田園地帯のそばに、休耕田があった。セミなどの虫の歌が響き渡り、心地よい風が癒してくれ気持ちよかった。土の香りを感じながら畦道をゆっくり歩いた。
ふと、目の前をトンボがさえぎり旋回する。その行方を指さしながら目で追った。そして、遠くへ飛び去るトンボを見送りながら物思いに耽って足を動かすと、畦道から足を踏み外して田んぼの中に落ちてしまった。
畦道周辺には用水路からの水が流れ込んでいるので泥の水たまりとなっていた。そこに絵里子は膝から落ち、脚は泥水の中に浸かってしまった。一瞬頭が真っ白になった。タイトスカートの下部は泥水で濡れ、パンプスは水底のぬかるみにハマってしまい、起き上がろうとしてもうまく起き上がれない。
先ほどまでクローゼットの中にあったリクルートスーツは今は泥水の中だ。スカートのウエスト部分から勢いよく泥水がスカートの内側へと流れ込む。
絵里子はリクルートスーツが既に大変なことになっていることに気が付いていた。するとなぜか休耕田の中にうつ伏せになった。絵里子の何かが狂い出した・・・。
「(もういいや、泥んこ遊びしちゃおう・・・!)」
泥をすくってスカートやジャケットに塗り手繰っていきスーツを泥でコーティングしていく。先ほどまで綺麗だったリクルートスーツの面影はすぐになくなってしまう。
まるで子供が公園や空き地で泥んこ遊びをするかのような気分に浸りながら、絵里子はリクルートスーツ姿で泥んこ遊びに興じ始める。真夏の休耕田の水は意外にも冷たく気持ちよかった。泥は熱を吸収しているせいか生温かかった。その泥の感触をもっと体で感じようとジャケットを脱いだ。
そして、ブラウス姿でうつぶせになったり、掬った泥をブラウスの白い部分にたっぷりと擦り付けていく。リクルートスーツを泥で汚していくことが快感だと思い始めていた・・・。
泥んこ遊びの楽しい時間を過ごした後は、現実に戻され寂しく感じた。このまま時計が止まってくれればよいのにと思った。しかし、楽しい時間の後には必ず現実が待っている。だからこそ、「楽しい時間」が人生のキャンバスの余白というものを色鮮やかなものにしてくれるのだ。
「これからどうしよう・・・リクルートスーツ、こんなになっちゃった・・・。」
自分の潜在意識が突き動かし、自分で判断してやった行動の成りの果てだった。絵里子は帰宅しようと立ち上がり、ゆっくりと道路沿いの畦道の方へと向かって歩き始めた。
その畦道は、泥んこ遊びへのいざないの道でもあり、絵里子を不思議な感覚が包み込んでいた・・・。(完)
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