いつもの癖で就活スーツが…ストーリー公開
絵里子は地方にある農業大学の4年生で、ここ最近はリクルートスーツを着て企業訪問や面接、大学の授業と忙しい毎日を送っている。授業の後は時々、野球部女子マネージャーとしての活動もある。就職活動でどうしても部活に参加できない日もあるが、絵里子は下級生の女子マネージャーの新人監督の立場でもあるので、可能な限り部室やグラウンドに顔を出すようにしていた。
面接帰りなどにグラウンドに立ち寄る時は、当然、リクルートスーツではなく部室に行って、汚れてもいいようにジャージに着替えて参加している。しかし、時間があまりなく顔を出すだけの日は、リクルートスーツ姿のまま新入生の女子マネージャー達の様子を遠くから見守って、声を出して指導する時もある。
ある日、企業のOG訪問を終えた絵里子は帰宅しようと思ったが、夕方前であるため、今からキャンパスに向かってもまだマネージャーとしての仕事はあると思った。新入生監督という立場の責任もあり、迷わずキャンパスに向かった。
いつもの練習用グラウンドに向かう途中、農業大学ならではの光景ともいえる田畑やビニルハウスなどが近づいてきた。次第に野球部員の威勢の良い声や、硬式ボールをバットの真芯で捕えた時の快音が響いてきた。
すると、グラウンドの方から男子野球部員たちの声が一気に湧き上がったかと思うと、数十メートル先の大学所有の休耕田に白球が舞い落ちるのをはっきりと確認した。
「(またあの4番が場外に打ったのね!)」
まもなく新入生の女子マネージャーが2人ほど小走りで駆け寄ってきた。リクルートスーツ姿の絵里子を確認するなり礼儀正しくお辞儀をして
「先輩!お疲れ様です!・・・失礼します!」
と元気よく発声するとすぐに体を休耕田の方に向け、スニーカーのまま田んぼの中に足を踏み入れようとした。もちろん、これも女子マネージャーの仕事である。絵里子も下級生時代には何度もこの田んぼの中に入ってボール探しをしたのであった。
「今、私ボール落ちるところ見たから大体の位置分かるよ。」
と絵里子はボールが落ちたと思われるあたりを指をさしながら
「あっちの畦道の、あの辺の・・・あっちとか、あの辺・・・って口で言っても分からないよね。(笑)・・・いいわ、私が拾っていくから、2人は早くグラウンドに戻って仕事して!」
「はい!失礼します。」
というと、2人は先程こっちに向かってくるときも勢いよく走っていった。体育会系の上下関係というものは先輩の命令は絶対なのだ。遠慮も反抗もない。先輩である絵里子がグラウンドに戻るように指示すれば、下級生は戻るのである。
絵里子は新入生に良い顔をしようとしたわけではなかった。「心の声」が自然と絵里子にそう言わせたのであった。また、どこに落ちたのかも分からないボールを彼女たちが探すのは、時間の浪費でもあるので早くグラウンドに戻らせて通常の活動をしてほしいという純粋な思いからでもあった。第一、自分がボールの落ちた大まかな位置を知っているのだから自分が拾えばいいだけだと思った。
そうはいうものの、自分が今、リクルートスーツ姿であることを一瞬忘れていた。部室に行ってわざわざボールを拾うためだけにジャージに着替えるのは億劫だった。
「(足は汚れるけど・・・洗えば問題ないし、別にスーツのままでも・・・)」
と頭の中で漠然と考えていると、なんといつの間にかパンプスは休耕田の入り口付近の深みにはまって身動きできなくなっていた。
「あっ!」
と思わず声をあげてしまった。パンプスは泥の中に埋まってしまい足がスポッと抜けてしまう。スカートの裾が泥で汚れないようにしゃがみ込まずにお尻を突きだすような前かがみの体勢になってパンプスを泥の中から拾い上げる。そして、畦道の方へと投げ、パンストを穿いたまま休耕田の中を歩き始める。先ほどボールがとび込んだ場所はなんとなく覚えてはいるが数十メートル離れていたので、遠近感がなかった。
休耕田を正面にみて、右の方なのか左の方なのかといったX軸の位置は分かるが、手前なのか奥の方なのかY軸の位置がはっきりしないのだ。こうなったら手前から奥の方に向かって進んでいくしかない。今になっては後輩達を戻らせたことを後悔した。
中腰の状態で泥の中に手を入れてボールを探しながらも、スーツを汚さないようにゆっくり進んでいく。深みに手を入れたせいか、ジャケットとブラウスの袖がいつの間にか汚れてしまっているが絵里子はボール探しに夢中で気が付いていない。
しばらく探しているがまだボールは出てこない。すると、絵里子の様子が気になったのか、先ほどの後輩女子マネージャー2人が男子部員数人を引き連れてやってきた。
「先輩!大丈夫ですか?」
と先ほどの女子マネージャーのうちの1人が絵里子に向かって声を掛ける。
「大丈夫!もうすぐ見つかると思うから。」
女子マネジャー2人もリクルートスーツ姿の先輩に任せきりでは悪いと思ったのか、スニーカーと靴下を脱いでジャージ姿で田んぼの中に入ってきた。
「あっちの手前の方は探したけどなかったの。このラインのこの辺りから奥の方のどこかだと思うの。2人は奥の方からこっちに向かって探してきて。」
「はい!」
絵里子は自分で引き受けたことなのに後輩たちにボールを先に探されては面目ないと思い、泥ハネがスーツにとぶのも厭わずに今までよりも手際よく探し始めた。
向こうの方では男子部員たちがガヤガヤ何か話している。ものの数分もしないうちに後輩たちよりも先に絵里子はボールを探り当てた。
「あったー!」
と後輩たちに聞こえるように叫んだ。
ボールは泥の中にあったため、当然ながら泥だらけである。絵里子は太腿あたりにボールをあててボールの泥をなすりつけ、ボールを綺麗にした。
「あっ!やっちゃった!いつもジャージ着ている時の癖で・・・。」
後輩たちは何と言葉を返せばよいのか分からず黙っている。
絵里子はタイトスカートの太腿あたりに付いた泥を見ると頭が真っ白になった。ショックで絵里子はへなへなと泥の上にお尻をつけてしゃがみ込んでしまった。ふと我に返って立ち上がり黒のタイトスカートが泥で茶色っぽく汚れているのを確認した。
「もういいや、遊んじゃう!」
絵里子はふっきれ、何かにとりつかれたかのように、後輩たちの前でリクルートスーツに自ら手ですくった泥をなすりつけていく。泥の塊を後輩女子マネたちに投げつけようとすると、さすがに彼女らは参戦するつもりはないらしく、男子たちの方へと逃げていく。
絵里子はそれならと、一人で泥んこ遊びを開始する。懐かしい泥の匂いと感触だった。子供の頃、実家の田んぼでよく泥んこ遊びした記憶が蘇ってきた。学校の体操服や汚れてもいいようなショーパンなどを穿いて遊んだものだ。
しかし、今日はリクルートスーツで泥んこ遊びをしているのだ。汚してはいけない服を泥だらけにするという普段できない行為に、罪悪感というよりもなぜか不思議と爽快感が心をつつみこんでいた。
起き上がっては泥の中に何度も倒れ込んで遊んでいるせいか、いつしか髪の毛や顔にも泥ハネがとんでいた。しゃがみながらドロドロの粘着質の泥を手に取り童心に戻って遊んだ。手に付いた泥はジャケットやスカートに塗り手繰っていき泥で覆っていく。泥んこ遊びは意外と体力を使うので、しばらくすると身体がほてってきた。ジャケットを脱いでブラウス姿になった。男子部員の視線が少し気になるが、そんなこともお構いなしに泥んこ遊びに没頭している。
ブラウスは一部分が泥で汚れているものの、まだ大部分は白く綺麗だった。絵里子はその白い部分を泥だらけにしたいと感じた。泥の中に寝転んだり、泥を手でなすりつけたりしてあっという間に白ブラウスは泥だらけになった。
先程まで綺麗だった黒のジャケットとタイトスカート、白のスキッパーブラウスが取り返しのつかない状態になっている。なんとも言えなギャップである。そのギャップを絵里子は一人で楽しんでいる。後輩たちは向こうの方で唖然とした表情で絵里子を見ながら何やら話しているようだった。そうした後輩たちの様子を眺め、彼ら彼女らが何を考えて自分の姿を見ているのかという事を想像することも楽しかった。最後にまた大胆に泥の中に倒れ込んで注目をひく。
今日は部室に置いてあるジャージに着替えて帰ることになる。しかし、泥だらけのリクルートスーツをなんとかしなくてはならない。
日も暮れ始めていたので、急いで泥汚れを落とすために田んぼ脇にある用水路の水を後輩たちにかけてもらいながら泥を可能な限り洗い流す。
「(リクルートスーツのまま泥だらけになるのってこんなに気持ちいいんだ・・・)」
と絵里子の頭の中に強く刻まれたのであった・・・。(完)
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