某組織の最終選考…ストーリー公開
就職先の業界にこだわりがない絵里子は、どこでも就職できれば良いと、なりふりかまわず色々な企業や組織体の面接を受け続けている。先日はプール施工会社の面接を受け、自分の趣味のWAMの1つである着衣水泳を面接官に披露してアピールするという行動に出たが、それが功を奏したのか次の選考に進むことになった。
今日も、先日と同じプールにいるが、面接の主催は異なる。絵里子は先日、プール施工会社の面接の際に、面接官からプールは有料で他の企業や組織体に貸し出されていることを聞いたので、奇特にも借主となっているところを調べたのであった。社員研修や福利厚生で使用することが多かったが、中には何やら怪しげな組織が、なんとそのプールを使って採用活動を行っていることを偶然知った。そして、書類選考や組織の本部事務所での面接を経て、今日はその某組織の最終選考のために、先日と同じプールにいるのであった。
最終選考の内容は秘密となっていたが、絵里子を含む志願者たちはプールサイドまで呼び出されて行う選考が大体どのようなものかは察しがついていた。察しがついていたが、着替えを持ってくることは認められていなかった。着替えなしの状態で、リクルートスーツ姿でずぶ濡れになることが要求されていることを意味した。
最終選考はまずプールサイドでの面接だ。
「青野絵里子さん、何があっても動じずに質問に答えていってください。」
面接官が質問を絵里子に投げかけ、それに応答しようとすると、突然、勢いよくシャワーの水を頭からかけられた。スーツに視線を落とすと、みるみるうちにリクルートスーツが濡れていくのが分かったが、絵里子は気にするそぶりをみせないように面接官の質問に淡々と答えていく。
いくつかの質問に答えている間、シャワーを浴びせられたせいで、リクルートスーツはずぶ濡れになっている。
次に面接官はプールの中に入るように指示を出した。水中訓練と見立て、プールの中でできるだけ速く歩行したり、できるだけ長い間、潜水したりすることが求められた。服を着たままという動きにくい状態でも慌てず行動できるかを観察する意図が面接官にはあるようだ。絵里子のこうした行動を点数化して採点しているように見えた。
絵里子は就職先はどこでも良いと思っていたが、この組織から内定をもらった暁には、スーツ姿でずぶ濡れになったりする機会が多くあることを思うと、今では本気で内定を狙っていた。水中歩行や着衣水泳にも熱心に取り組み可能な限り上手く遂行しようと努力した。ジャケットも着ているので泳ぎにくいが、クロールや平泳ぎ、背泳ぎなどを披露した。これには面接官も驚き、高い評価を与えた。
「では、今度はジャケットを脱いで泳いでみてください。」
ジャケットを脱いで下着が透けた状態でも恥ずかしがらず、何事もないかのように動じずに行動できることを試されていると絵里子は悟った。
今まで同様に、淡々と泳いで見せた。動きやすくなったせいか先ほどまでよりもスムーズに綺麗なフォームで泳いでいる。ここでも面接官の評価は高かった。
「最後にジャケットを浮き輪代わりにして浮けるかやってみてください。」
海や川、貯水槽などにスーツ着用のまま任務中に入水したり、アクシデントで落ちた場合などは、ジャケットをすばやく脱いで動きやすい状態になる必要がある。そしてジャケットをただ脱ぐだけではなく、それを活用してしばらくその場で浮いて救助を待つなり、自力で安全な場所に移動することが要求される。こうしたことも想定し、最終選考ではサバイバル能力のレベルも試されているのであった。
これには絵里子はてこずった。面接官にコツを教えてもらってようやくジャケットにうまく空気を入れて浮き輪代わりにし、体を浮かせることができた。
ここでは失点は免れないが、着衣水泳での加点でどこまでカバーできるかで絵里子の運命が決まるといっても過言ではなかった。かなりシビアな判定になることが推察できる。
「これで最終選考は終わりです。さむいでしょうから、あちらで温かいシャワー浴びてお帰り下さい。」
と面接官は言うと、それ以上な何も言わず会場を後にした。なんともそっけない対応だ。お帰りくださいとは言っても、ずぶ濡れのリクルートスーツで帰るという過酷な状況に置かれている。
とはいえ、この組織に入隊したら、訓練や任務に就いた際には、こんなものとは比較にならない程の状況が待ちかまえていることを絵里子は覚悟していた。秘密任務を担う女性隊員は、スーツ姿で大雨や嵐の中でずぶ濡れになりながら行動したり、時にはスーツが泥だらけになったりすることもあるらしい。絵里子にとってはWAMの実践をしながら仕事に従事するという、願ったりの環境となるが、この願望を知っている者は誰もいない・・・。
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