内定祝いの泥んこ遊び…ストーリー公開
・・・よく晴れた夏の日、見渡す限り泥が広がっている。絵里子の周りには誰もいない。内定を決めたチャコールグレーのリクルートスーツを着ている。
勢いよく泥の中にダイブした瞬間、パッと目が覚めた・・・。
ベットの上でゆっくり上体を起こすと、目の前に昨日クローゼットから出したチャコールグレーのリクルートスーツがハンガーにかかっている。ジャケットの横にタイトスカートがある。スリットのある側がこちらを向いている。お尻部分には深い座り皺があり、スリットも不規則に折れている。
先週までは、アイロンをかけてピシッとしていたのに、今はしわしわの状態である。しかし、もうアイロンがけもクリーニングも必要ない。昨日、第一志望の企業から内定の知らせをもらったからだ。昨日で絵里子の就職活動は終了した。
思えば、就職活動に行き詰まり、黒のリクルートスーツを着ておもいっきり泥だらけになって気晴らしをしたあの行為にさかのぼる。あの時以来、気持ちが吹っ切れたことで、就職活動に対して力まないで臨めるようになり自然体で自分の良さを面接でアピールできるようになったのであった。各企業の面接担当者の印象も良かったのであろうか、エントリーした会社の大半の面接において、部長または役員クラスの面接まで到達できるようになった。その中でも一番ご縁があったのが、内定の決まった第一志望の企業と言う事だ。絵里子は昨夜、一人歓喜した。そして、昨夜のうちに、もう着る必要のないリクルートスーツをクローゼットから出してそれを眺めながら深い眠りについたのであった。
今日、今からまたあの場所に泥んこ遊びに行く予定だ。この前は、気晴らしであったが、今日は自分に対するご褒美、つまりは一人内定祝いだ。
絵里子の住む田舎町は、あちらこちらに田畑が広がっており農業が主たる産業となっている。
子供の頃、絵里子はじめ子供たちは近くの田畑で泥んこ遊びをするのが常であった。田植え前で代掻きを終えた水田に学校帰りに服のまま飛び込んで泥んこ遊びをしたり、空き地で泥だんごをつくったりしてままごとをして遊んだり、鬼ごっこといいながら泥かけ祭りのように鬼が泥だらけの手で追いかけまわしたりした。小学生の低学年の時から、町一番かわいい女の子と呼び声が高かったこともあり、真っ先に男子たちの餌食になり、白や淡いピンク、またはタータンチェックのスカートなどに手の泥を擦り付けられたりした記憶が蘇ってきた。
しかし、あの時代の記憶は嫌なものではなく、楽しい思い出として心に刻まれていた。したがって、服を着たまま泥だらけになることに抵抗がないばかりか、いや、むしろ、楽しんで癒しを得ることができるという域に現在では至っている。
絵里子は、内定を決めた最終面接で着用していたチャコールグレーのリクルートスーツをアイロンがけやクリーニングなどをせず、そのままの状態で昨日までクローゼットにしまってあった。今着ているリクルートスーツは、最終面接後の状態そのままなのだ。
目の前には休耕田の泥田が広がっている。絵里子の周りには誰もいない。
「(内定祝いに泥んこ遊びしちゃおう!)」
何のためらいもなく笑顔で田んぼの中に足を踏み入れ、小走りで田んぼの中を走っていきその勢いを増していく。泥ハネがスカートやジャケットにも付くほどである。そして、ある程度走ったところで泥田に勢いよくダイブした。
「(これって、デジャブ!?)」
柔らい泥が絵里子の身体を受け止めた。うつ伏せの状態のリクルートスーツは後ろ側には泥ハネが少しついているくらいであったが、泥に接している部分はすごいことになっていることは容易に想像できた。
しかし、内定を決めたリクルートスーツを泥で汚してしまっている自分の行為に喜びを感じていた。顔のすぐ下にまで迫っている泥の匂いが懐かしい。自然と身体が反応し泥の上に寝転がりながら泥と同化していく。
その泥の匂いは、幼少期から中学生くらいまでの間、よく泥んこ遊びした時のものと同じであった。あたかも体の各部位の骨までがその匂いに感喜しているかのようであった。
泥の中で寝転がったり這って進んだりしているとあっという間にリクルートスーツは粘着度の強い泥で覆われていった。
もっと自由に体を動かして遊びたいと思い、ジャケットを脱ぐと、まだあまり汚れていないブラウスが姿を現した。絵里子はそのブラウスもすでに二度と着る事ができない状態になることは当然覚悟している。泥の中でさっきと同じように寝転がったりして思いっきり泥んこ遊びに興じると、ブラウスも泥だらけになっていき、ジャケットを着ているのか脱いでいるのか分からないほどに泥がべっとり付いている状態になった。
心行くまで泥んこ遊びを終えると、心地良い疲労感を覚えた。田んぼから畦道に出ると気持ちよさそうに晴れた青空を見上げ深呼吸をした。
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