明日に迫った着衣水泳指導
絵里子は教育実習生の女子学生に対する着衣水泳指導を任されることになり、連日、一人で放課後になるとスーツを着て練習に励んでいた。
しかし、その練習も今日が最後となった。いよいよ着衣水泳指導が明日に迫ったのだ。明日からリクルートスーツに身を包んだ現役女子学生を迎え、一緒にスーツ姿のまま着衣水泳をすることになる。
今日もまたスーツ姿で絵里子はプールサイドにいる。チャコールグレーのスーツだ。
最近の日課となっているが、まずはプールサイドで軽くシャワーを浴びる。濡れた箇所がグレーから黒っぽく変色していくのがよくわかった。次は、水を自分の身体に向かってかけていく。スーツはさらにずぶ濡れとなっていった。
この一連の流れも着衣水泳指導の重要な事項の一つとなっている。絵里子にとっては、もう何の躊躇もなくできることではあるが、就活生にとっては、教育実習の一環でリクルートスーツを濡らしてしまうことに、かなりの抵抗があることが想像できる。こうした実習生たちの気持ちも考えながら指導していくことになるだろう。
絵里子は、指導の流れをイメージしながらプールの中へと入っていく。スーツを着たまま水の中に入った時の感覚をいつものように確かめながら水中歩行を行う。歩行に慣れてきたところで平泳ぎを開始し、プールを往復した。
明日からの指導の最終チェックとなっている今日の練習は、自然と緊張感も高まってくる。
スーツを着用したままの平泳ぎで身体が受ける負荷をしっかりとフィードバックし、学生たちの指導に役立てようと、いつにもまして気合を入れて泳ぐ。
ある程度泳いだら潜って反対側のコースへと移動し、再び水中歩行を行う。泳いで疲れた後なので先ほどよりも身体への負荷が大きくなかなか進めない。コースの端から端までなんとか歩ききると、小休止のために梯子を使ってプールサイドへと上がる。スーツのジャケットやスカートからは勢いよく水が滴り落ちる。プールサイドを歩いてプールの浅瀬がある部分へと移動する。
少しだけ身体を休めると、浅瀬の中に入って、ストレッチを行ったり、水をかけたりして、スーツのままで水の中にいるとどのくらい動きにくいのかをチェックする。もちろん、こうしたことも着衣水泳指導時には大いに役立つ情報である。
いよいよ練習の最後の項目となった。ジャケットを脱いだ状態での平泳ぎだ。先程のジャケットを着た状態での平泳ぎと、脱いだ状態とではどのくらい泳ぎにくさに違いがあるのかを比較するのが目的だ。
この実習項目では、下着が透けてしまう。着衣水泳指導が男女別に実施され、絵里子が女子学生の指導を任されることになっている理由がここにある。
絵里子は、ジャケットを脱ぐと軽やかに平泳ぎを行うことができた。やはりジャケットを着ている時と比べると腕の可動範囲が広がり、スムーズに動かせるので泳ぎもダイナミックになる。プールの端までたどり着くと一呼吸置き、元の位置まで最後の力を振り絞って戻ってくるとプールサイドへと上がった。そして、今さっき脱いだジャケットを肩にかけると、更衣室へと向かった。
「(練習もこれで最後なのね。)」
明日に迫った着衣水泳指導のことを考えると、だんだん緊張してきた。しかし、リクルートスーツ姿の女子学生たちと一緒にプールに入ってずぶ濡れになることを考えると、不思議と楽しい気分になり、リラックスできた・・・。
(おわり)
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