マネージャー1日体験(1)
今春、絵里子は現役で志望大学に入学した。4月中旬から授業も始まった。徐々にアパートでの一人暮らしや大学の授業、さらには、お小遣い稼ぎで始めた居酒屋でのバイトにも慣れてきていた。
しかし、絵里子はもう一つ物足りなさを感じていた。高校時代は吹奏楽部でフルートの演奏をしていた。それなりの腕前で周囲からも一目置かれる存在だった。
大学に入っても吹奏楽部に入ろうかと思って見学に行ったが、高校と大学ではレベルがまったく違ううえに、いわゆる体育会系になるので活動も年中いろいろとあり体力的にも大変で、ついていけないだろうと絵里子は感じ、入部をあきらめたのであった。
何かよいサークルみたいのが無いものかと色々と考えあぐねていたある日、キャンパス内の掲示板に、デザインは地味であるが文字の色使いがカラフルで目立つ1枚のビラに目が留まった。
サークルではなく、大学公認の体育会の一つであるサッカー部のマネージャー(新入生)募集だった。即入部ではなく、まずは1日体験入部して判断してみませんかといった趣旨であった。
ビラによると今週の日曜日に他大学のグラウンドに出向いて練習試合があるので、その時に同行し、先輩マネージャーの下でお手伝いをするとのことだった。
絵里子はサッカー部のマネージャーも大変だろうけどもやりがいがありそうで楽しそうだとも思った。充実した学生生活を送るためにもやってみてもいいかなと直感的に思った。
ビラには部室の場所も記されてあったので、いつでも訪れることは可能であった。しかし、突然部室を訪れる勇気は絵里子には無かった。新入生募集の担当者らしき人のメールアドレスが連絡先として記載されてあったので、それをメモして自宅に帰ってからマネージャー1日体験入部の申し込みをメールで送った。
翌日になるとすぐに返事が来ていた。感謝の言葉と1日体験入部時の注意事項が記されていた。
1日体験入部は他大学への遠征なのでスーツ着用とのことだった。たいてい、大学の体育会系の部活動では、遠征時の移動などの際、部員は正装としてスーツ着用が義務付けられているらしい。吹奏楽部の見学に行った時も同じようなことを言われた。
特に女子マネージャーに関しては、遠征の時は移動も試合中も正装であるスーツとのことだった。したがって、待ち合わせ場所である学内のサッカー部の部室にスーツ着用で集合することになる。
絵里子には入学式で1回着ただけのまだ真新しいスーツがあった。近い将来、就職活動をする際にリクルートスーツとしても使えるようにと量販店の店員のアドバイスで購入したものだ。オーソドックスでいかにもリクルート風のデザインであることが分かる黒に近い色合いのチャコールグレーの2つボタンスーツだ。
当分着る機会はないだろうとクローゼットの奥の方にスーツ一式とやや襟が大きめのイタリアンカラーのブラウスをしまってあった。
クローゼットから取り出すとタイトスカートやジャケットについていたクリーニング屋さんのタグを外し、いつでも着れる状態にしてクロゼットの手前の方にしまった。 ~(2)へ続く~
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