晩夏の思い出(最終回)
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おさまる気配のない夕立。ヒロシからの連絡はまだない。
絵里子が携帯に連絡しても電源が入っていないというアナウンスが流れるだけだ。待ちぼうけをくらっている、この間、絵里子にとっては1分が1時間に感じるほど長かった。
そして、このままヒロシは来ないのではないか・・・、一人で寂しく帰宅することになるのか・・・という思いが募った。
夕立は激しさを増し、屋根つきのベンチに座っていても、リクルートスーツのタイトスカートの前面は、太ももから下がびしょ濡れとなってきた。濡れたスカートの生地が肌にペタリと張り付いている感覚が絵里子は嫌だった。無意識にスカートの裾をたくし上げると、パンストに包まれた太ももがあらわとなった。
「(もう10分だけ待ってみよう。それで来なかったら・・・)」と心を決め、ヒロシが来るのを願いながら待ったが、ヒロシは現れなかった。
「(きっと何か急用ができたんだわ。)」
来れないなら来れないで、連絡がいっさい無いことに絵里子は不安をおぼえたが、このままずっとここにいてもらちがあかない。とりあえず、家に向かおうとゆっくり立ち上がった。
~(回想)4年前、同浜辺で~
半袖夏服セーラー服を着た絵里子が、ヒロシに抱きかかえられている。
「ちょっと、放してよ。」
「えっ、濡れてもいいの?(笑)」
「ちがうってば!岸に戻ってということ。」
「だって今、放してといったろ。(笑)」
「ヒロシってば・・・ふざけないでよ。」
「・・・。」
「あっ・・・。」
~現在、同浜辺で~
いつしか、絵里子はベンチから離れ波打ち際へと歩いていた。ちょうど4年前の出来事を思い出していた。
夕立は容赦なく絵里子の頭から降り注いでいる。自慢の黒髪からはもちろん、リクルートスーツのジャケットの袖やスカートの裾からも水が間断なく滴り落ちている。ずぶ濡れとなったリクルートスーツ姿で沖の方を眺めていると、一瞬、夕立が止んだかのような錯覚を感じた。
「傘も差さずに何してるの?」
「・・・。」
そっと後ろを振り向くと、ヒロシが傘を差し出して微笑んでいた。
「ヒロシ」
「もうスーツがびしょ濡れじゃないか。(笑)」
「だって、傘・・・。」
「だったら、あそこでしばらく待ってればよかったのに。(笑)」
「ヒロシ、約束の時間をだいぶ過ぎて遅れてるのに、連絡もないし・・・」
「遅れてる?約束の時間より早いぞ!ほら、まだ3時前。」
「待ち合わせ・・・3時だっけ?」
「この前の電話でそう言ったろ。」
「私の勘違?(笑)」
「絵里子らしいぜ。(笑)それはともかく、スーツ姿で濡れた絵里子って思ったよりセクシーだね!もっとセクシーにしてあげるよ。」
ヒロシは絵里子を抱き上げ、海の中に入って行った。
「えっ、ちょっと。待ってよ・・・。」
抵抗するそぶりを見せた絵里子だが、4年前とは違って、ヒロシの行為を素直に受け入れている。
すでに全身ずぶ濡れとなっているために開き直っているのであろうか?
否。4年前、セーラー服姿で海に落とされてずぶ濡れとなった時に、不思議な感覚を味わって以来、絵里子は服のまま濡れることに快感を感じるようになっていた。
大学に入学してからも、突然雨に遭遇した際には、雨にわざと濡れることを楽しんだり、家ではその日着ていた私服のまま入浴したりシャワーを浴びたりしていた。
今日はヒロシとの再会の日ということで、フォーマルな服で濡れたい気分だったのだ。
折よくも、就職活動中で今日は面接日だったため、絵里子にとっては都合がよかった。面接の帰りにトイレかどこかで私服に着替えることもできたであろうが、むろん、そうはせず、リクルートスーツのまま浜辺に来たのであった。
絵里子は4年前のあの出来事がきっかけで、自分が服のまま濡れることに快感を感じるようになった。
たが、この4年間、ヒロシには打ち明けていなかった。変に思われるのではないかと、ちょっと恥ずかしかったからだ。
しかし、ヒロシはそんな絵里子の内面を4年前にうすうす察知していた。そして、今の絵里子の恍惚の表情から、それは確信へと変わった。
ヒロシはヒロシで、4年前に絵里子を海に投げ落とした時にはすでに、女性が服のままびしょ濡れになっていく姿に興奮する性質の男であった。
まさに、今、絵里子を抱いているヒロシは至福の時を迎えていた。
また、ヒロシに自分の内面を告白していない絵里子の方も、胸を高鳴らせながら、ヒロシ・水圧・濡れたスーツ・・・に体全体を包み込まれる瞬間を静かに待ちわびている。 ~(最終回)おわり~
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