農業にあこがれて・・・(2)
絵里子は、改札を出ると「農業体験会」の受付書の裏に印刷された地図を頼りに会場へと小走りで向かう。まもなくジャージ姿の中年男性や、ハーフパンツ姿の若い女性や短パン姿の少年らが集まっている空き地が見えた。総勢20名といったところか。一人だけスーツ姿の若い男性がいた。自分だけじゃなくてよかったと、内心ほっとしていた。
その男性は絵里子の姿を見るなり、
「あと、5,6分で始まりますから急いで着替えてきて下さい。更衣室はありませんが、本日ご協力いただく農家の1階が女性の着替え所になっておりまして・・・・。」
この男性が主催会社のスタッフだからスーツを着ているという事に気付くと、絵里子は再び不安になった。しかし、後戻りもできない今となっては・・・彼女は男性の説明を遮って
「・・・着替えは無いんです。荷物だけ預けさせていただければ・・・。」
「あの・・・その格好で参加されるのですか?」
「はい、ちょっと、色々ありまして、着替え持ってくるの忘れてしまったのです。汚れないように気を付けるので大丈夫です。この格好では駄目ですか?」
「い、いや、駄目ではありませんが、汚れてしまったりしてもこちらでは・・・責任を負えませんし・・・・」
「はい、承知しております。」
荷物を預けて集合場所に戻ると、絵里子は参加者の視線を一斉に浴びる。それもそのはず、リクルートスーツ姿で会場にいるからだ。落ち着かない様子で視線を落としていると、開始時間になったため、主催者のスーツの男性が農業体験会の説明を始める。注意事項や、体験会の流れ、終了予定時間などについて一通りの説明がし終わると、いよいよ田植えの体験を行う田地へと歩いていく。
途中、向こうから小学生達や、絵里子と同じくらいの年齢の男女グループや、中年の夫婦達とすれ違う。見ると、なぜか全身泥だらけの人もいる。下半身のキュロットスカートが全部泥で汚れていて元の色が分からないほどの女性もいる。すれ違うときに聞こえてきた話しからすると、どうやら農業体験会の1部に参加した人達らしい。
絵里子は、田植えで、あんなに汚れるものだろうかと不思議に感じた。でも、もし普通に作業していても、あれほどまでに汚れることになるんだったら大変・・・・と不安になった。気になってスタッフに聞いてみる。
田植えでは、足をとられて転んだりしない限り汚れはしないとのこと。ではなぜ、すれ違った人達が泥だらけなのか尋ねると、最後のオリエンテーションで体験会の感想をみんなの前で発表した後に、田んぼにダイビングしたり、参加同士で泥をかけあったりする人達もいるからなのだという。でも強制ではないし、汚れたくなければ何もする必要ないし、ましてやスーツ姿であれば誰もわざと汚してきたりはしないだろうとの事だった。
そうは説明されても絵里子は少し不安で、嫌な予感が頭をよぎるのであった。 ~(3)へ続く~
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